電脳舞踏団~DancingAngels~記録その1
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とあるチャットルームに集う、本名も、顔も知らないまだ見ぬ仲間達。
「みんなで一緒に踊りたいね」そんな想いが結集して
出来たダンスカンパニー 電脳舞踏団 ~DancingAngels~。
2002年秋にAngelが代表となり立ち上げたこの踊るサイバー集団は
ジャンル、経験、性別、年齢、住む場所にこだわらず、
ただ、参加条件は「インターネットにつながるPCを持っていること」。
なぜなら本拠地はweb上に、すべてのやりとりはその公式サイトのBBSとメール
で日々交わされ、リアルタイムの会議はチャットでなされていたから。
リハーサルは大分、大阪、三重、神戸、広島、京都、神奈川、埼玉、静岡・・・
はてはロンドンまで。



飛行機で、新幹線で、車でメンバーの住む街へ。
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London AngelStation
それはネット史上、ダンス史上、世界初の試み、とマスコミにもとりあげられ、話題を呼ぶ。
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*読売新聞、大分合同新聞、夕刊三重、他 *NHK特番 *バレリーナへの道「大人からのバレエ5・6」(文園社) *FM多摩(収録の様子はこちら)、鎌倉FM、葛飾FM、FM湘南ナパサ 他
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サイトのBBSをのぞけば誰でも世界中のどこからでも
今私達が何を思い、何を議論しているのかをオンタイムでのぞくことが出来た。
それを私達は「硝子張りの制作現場」と呼んで大事にしてきた。
目標はあくまでも一緒に舞台に立つこと。
それも、ただいろんなジャンルの踊りを並べるだけではない。
一緒に踊ってしまう。一つの作品で。



「よくあるよね」「各自でビデオ見ておいて何回か合わせるんでしょ」
そんな声も聞いた。
そして、BBSを追ううちに「そうじゃないんだ」ということに気付くのだ。
何よりも当日、電脳舞踏団 ~DancingAngels~のステージを観た人だけが、確信する。

そして、1年後の2003年10月4日(偶然にもこの日は「10.4 天使の日」であった)
東京は亀有にある、リリオホールにて旗揚げ公演が行われた。
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当然の如く、第一回公演が終わると多くのメンバーが去っていった。
けれど、残ることの過酷さを思えば、半分近く残ったことの方が驚きであった。
しかし去る者だけではなく、新しくメンバーに加わってくれた人もいた。
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それから3年・・・
第一回目の公演で何もかも使い果たし、
完全燃焼したあとの残骸のようになったカンパニーが、
「最後にもう一度みんなで夢を見よう」と2つの決断をする。
公演。そして解散。
2007年 秋。 Final Stageに選んだのは新宿。
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Final公演チケット3種 |
3回の公演それぞれにニックネームが付き、チケットも変えた。
・・・裏話1:実はこれは数字に弱い代表がチケットを管理するとき、
日にちや時間を間違えないための自画自賛アイディアだった!
担当のふっち~Thank you♡・・・
電脳ダンサーたちが、最後に見せるのは何か。
BBSからのぞくことが出来た一人一人のドラマの完結。

もちろん電脳舞踏団~DancingAngels~のメンバーは出演者だけではない。
裏方スタッフとして参加し続けてくれたメンバーも同じ仲間だ。
そして2日間3回公演が終了。
出演者も、観客も、舞台スタッフさえも涙しながら幕を下ろした公演が
かつて、あっただろうか。
そして同年11月解散。
http://dancing-angels.com/ という公式サイトと共に、
ネットの中からも完全に消滅する。
私は思う。
苦難を予想して何かをやらないよりも、「今、何がしたいのか」を自分に聞けば
答えは簡単にみつけられる。
結果はあとから着いてくる。
進むべき道をみつけるのではない。
自分の歩いたあとに道は出来るのだ。

目の前のミニマムではなく、「どうしたら目標に近づけるのか」を
常に考え、選択し、走り続けた。
電脳舞踏団~DancingAngels~を5年間続けて得たものは
抱えきれない程の驚きや喜び、感動、そして自分自身の成長。
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人の想いの尊さ。 人のエネルギー。
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まだまだ人生捨てたもんじゃないよ。
さて、次は何をやらかそうか!
