台湾関係        

●台湾台中州出身の皆さんへ
台中会第37回総会の受付が始まっています。
かっての台湾台中州出身者の集まりですが、どなたでも趣旨に賛同される方は、大歓迎です。
【日時】平成22年5月24日(月)12時開始(受付11時より)
【場所】ホテルメトロポリタン3F『富士の間』 池袋駅西口下車 徒歩3分 TEL:03-3980-1111
【会費】9,000円 播磨会長に申し出でれが送料無料の振込用紙が送付されます。
【締切】平成22年4月20日
【その他】当日参加も歓迎です。
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●台中出身の辰巳会が開催されます
初めての試みで且つ最後と思われる辰巳会が行われます
台中州に19校あった小学校出身で昭和16年卆の合同同窓会です。多分これが最後ではないかとのことです。
【日時】平成22年5月24日(月)18:00~ (台中会終了後)
【場所】ホテルメトロポリタン(台中会と同じ)
【会費】9,000円
【発起人】
台中2中  矢﨑義純(台中2中昭和20年卒) 〒358-0013 埼玉県入間市上藤沢383-17 TEL:042-964-2227
台中1高女 横幕恵子(台中1高女昭和20年卒)〒143-0023 東京都大田区山王1-41-5-708 TEL:03-3775-3089
明治小   武田六朗(明治小昭和16年卒)〒183-0042 東京都府中市武蔵台2-34-16 TEL:042-324-7555

★ああ~巨星落つ
蕉風会何敏璋氏蕉風会、15回生(S16年卒)が去るH22年1月14日逝去されました。葬儀は1月24日に行われました。蕉風会員は、優秀な人材に満ち満ちています。氏はその中でも突出していました。氏の功績を称えると共に深甚なる哀悼の意を表します。
ご遺族にお悔やみの手紙を差し上げ弔辞をご霊前にお供え下さるようお願いしました。氏の功績を称える弔辞の全文をお示して弔意を表します。


弔      辞

何敏璋先輩
この度の先輩の訃報に接し驚きと深い悲しみに陥っています。
ここ数年体調不良との事は承っていましたが、こんなに早く永眠されるとは思ってもいませんでした。誠に残念至極でございます。
先輩は戦後、旧二中校舎の赤レンガ校舎の保存と学籍簿の保管を現台中高級二中に引き継ぐ難事業に取り組まれ、私達が学んだ記録が永遠に保存されることになりました。その先見性は驚くものがあります。
二〇〇二年十二月高級二中の創立八〇周年記念式典に日本から八〇名に及ぶ同窓が訪台し盛大にお祝いが行われました。その際赤レンガ校舎の台中高農校舎に碑文を高級二中には校友亭と桜の記念樹を行いました。高級二中では私達の学籍簿を見てとても感激したのを鮮明に記憶しています。
私達が台中で学んだ記録が永遠に残されることになりました。全てが何敏璋先輩のご尽力によるものです。
創立八〇周年で台北でも祝賀会が行われましたが、何敏璋先輩が私達後輩に「頑張れよ」と激を飛ばされたのを今でも覚えています。本当に凄い先輩でした。
台湾は私達の生まれ故郷で年を経るに従い愛着が増します。
どうぞ天国で私達を見守って下さい。そして私達の学び舎を何時までも守って下さい。
私達は、先輩の教えを永遠に守り生きていきます。どうぞお導き下さい。
先輩への尊敬の念は深まるばかりです。
天国で安らかにお眠り下さい。さようなら
二〇一〇年1月二十四日
        蕉風会長 榮 辰平


■台湾在住の会員からグリーティングカードを頂きました
林朝京氏(13回生昭和14年卒)施純仁氏(15回生昭和16年卒)何銘樞氏(24回昭和20年1年在学))各氏からグリーティングカードが届きました。
施純仁氏からは、ダイヤモンド婚(60周年)記念の写真が同封されていました。

前列中央男女が施純仁夫妻


●台中会幹事会平成21年度第4回幹事会報告
平成21年12月19日(土)に新宿ふるさとで忘年会を兼ねて開催された。
私は久しぶりの出席であったが40名近くの出席者があった。
播磨文夫会長の挨拶の後懇談会食そしてカラオケと太原幹事の司会のもと16時半解散した。
その後心残りに有志はまた2次会に出かけた。
第5回は、新年会を兼ねてH22.1.16開催される。幹事以外の参加者大勢いるのでどうぞ参加して下さい。
蕉風会の常連は、播磨、鰺坂、鳥原、常田、河野
小ざくらでは、横幕、武田六郎、武田幸子、小泉など7名ぐらいです。

播磨会長挨拶
小ざくら中心のB卓 A卓


●台湾台北市旭小学校のホームページを紹介します
台湾協会報No662号(2009、11,15発行)上、同校S21卆の黒川亮氏が同校のホームページを紹介していました。
同校の同窓会は、2003年9月解散しましたが、解散後もホームページを運営しています。
縁のある方はどうぞご覧ください。
http://homepage2.nifty.com/seiyoukai/index.html

●小ざくら(明治小学校同窓会)会報の概要です
会報の概要を披露します
①横幕恵子会長の21年3月21日に開催された記念大会への参加挨拶
②明治小110周年記念に参加して:事務局長:小泉雄嗣
③母校110年祭によせて:台湾支部事務局長張揚烈:「大同小桜」が大同小に設立された旨報告されている。最近同窓会の
解散が多い中小ざくらの名が台湾に敬称された事は画期的である
④母校創立110周年:昭和20年卒:日本の出発から大同小学校(明治小承継校)での式典
その他会員の随筆・想い出が続いている。
最後に役員会報告がなされているが
(1)役員会議事内容
そのなかの20年度決算報告

収入の部 金額 摘要
繰越金 823,458 前年度繰越金
繰入金 528 受取利子
会費 463,820 500口
会費寄付金 370,000 102名 110周年記念行事寄付を含む
合計 1,657,806

支出の部 金額 摘要
会議費 119,850 役員会会場費 会議費 役員交通費
事務費 21,737 事務用品費 消耗品
印刷費 231,945 会報 封筒等印刷費
通信費 218,458 会報等郵送料 電話代
雑費 174,139 台湾協会・台中会寄付 弔電 110周年記念祝い金 香典
剰余金 891,677
合計 1,657,806


●「がじゅまる」(元台湾台中新富小学校同窓会)の会誌が送って来ました
上記新富小は台中にあった小学校2校の一つである。もう一校は明治小である。明治小に劣らず逸材を出している。会長は台中2中
の幹事をされている鳥原大氏(二中19回生:昭和20年卒)だ。新富小では17回卒である。
昭和60年来途絶えていた会報発刊を創立90周年を契機に「臨時特別号}を発行したそうである。何年ぶりに復刊された鳥原会長に
敬意を表する次第。内容は
①創立90周年を迎えるにあたって:会長:鳥原大
②臨時会報の発刊にあたて:終戦時在校生:吉岡稔子
③感謝:19回卒池田馨
以上が編集者である
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④卒寿を迎えて:特別会員(元教師?):原實
⑤さあ!歌おう、懐かしの歌を:12回卒:榊原一夫 校歌、応援歌を記述している
⑥台中温泉:12回卒田辺信夫:最近台中に温泉が湧き大きな話題になっているそうだ
⑦その他、戦後引き揚げた田辺港や今年の3月28日後継校(光復国民小)の創立90周年記念式典に
出席した報告などなどに記事が続いている。

末尾に90周年記念協賛拠出者一覧が掲載されている。これを見ると95名、計595,000円となっている。
新富小の同窓会は年会費を徴収せず寄付で賄ってい由運営も大変であろうと推察している次第。
「がじゅまる会運営に関するアンケートのまとめ」も掲載されているが解散も止むなしが60%を占めている。
【感想】流石秀才の誉れ高きがじゅまる会の会報で出来栄えが凄く良い。私の小学校の同窓会「小ざくら」も
今後が危惧される。

編集後記
戦前外地にあった学校の同窓会は数多くあったが、今解散しつつあると聞いている。旧制の小・中・高等・専門学校・大学と在校生
も多く卒業生による同期会・同窓会も作られてきたと思う。これらの親睦団体が組織的運営が困難となり戦後65年を経過して終焉
を迎えている。国内の学校の同窓会は、後継者が継続して維持を図っているので存続出来ていると言える。つまり高齢化現象が台湾の諸学校の同窓会の運営を困難にして来た事は明らかである。中学・高等・専門・大学卒業生は、80歳を超えているので当然の事である。年齢的小学校の同窓会は、若干若い年齢層で構成されているが当時の在校生は、引き揚げ後地域の学校へ転入学し内地の学校の同窓会の会員であり卒業生は後期高齢者に達している。そして戦前の在学の体験よりも戦後の学校及び社会生活の体験が長くなり、台中への想い出・新富小への絆も薄れてきていると思う。
同窓会のこのような年齢構成・社会生活状況の中でどのように運営していくのかは意見の分かれるところであるが、会員は全て喜寿を祝い傘寿を迎え米寿を寿ぎ卆寿・白寿への道は、皆に平等に与えられている。人生の「栄枯盛衰」・「創始恩讐」も一場の夢となった今、過ぎし日を故郷で欲得なく遊んだ少年・少女時代の仲間と語り合う機会を多く持ちたいと思う次第である。



▲台湾協会主催講演会を聴講した
協会報に案内が出ていたので台湾の現状を知るため聴講した。
開催は9月28日14:00から、場所は有楽町から徒歩3分の糖業会館だった。本当にインターネットは便利だ。直ぐ分った。
宮城が目の前で一等地だ。
講師は、池田維氏S37東大法科卒、外務省入省、H17交流協会台北事務所代表(外交がないので日本大使館の業務を
行っている)、現在交流協会顧問、立命館大客員教授)
演題『台湾情勢と日台関係の展望』
小生が聞き取った内容
①台湾人意識の漸増、現状維持志向
②馬総統、知日派、友日派に
③相互の親近感は、深まりつつある
④人的交流の拡大
⑤馬政権の中台関係 「不統、不独、不武」」
⑥台湾の国名「中華民国(台湾)」
などなど馬政権発足後中国よりの政策に転換するのではないかと危惧したが、暫くは平穏な日台関係が続くのではないか
と理解した。
それにしてもNHKの「JAPANデビュー」は、反日的に歪曲した報道で、台湾でも大きな反響が起こっている。
聴講者は、50人ぐらい居ただろうか、知人は蕉風会鰺坂氏のみであった。

池田氏の講演風景 糖業会館の正面


■蕉風会解散の報告文が台湾協会報9月号に掲載されました
台湾協会へ蕉風会解散の報告文を投稿したところ掲載されましたので下記にて披露します。
これで会長の責務を100%完了しました。緊張づくめの2年半でしたが無事終えることができ正に感無量です。


●蕉風会の記事が産経新聞8月5日号に掲載されました
台湾協会報に掲載された「蕉風会小史」が産経新聞牛田記者の目にとまり解散幹事会に取材に見え,その記事が掲載された
ものです。
国内に広く広められたことは誠に幸いでした。


◆映画「台湾人生」を鑑賞した
台湾協会総会で上記映画のチラシを貰った。かって日本統治時代日本語で育った台湾人のドキュメンタリーである。インターネットで
調べ黄金町駅近くにある「シネマジャック&ベティ」で上映していることを知った。9号台風が心配であったが風が弱くなったので出かけた。
5人の台湾人の物語である。「シネマジャック&ベティ」は場末の映画館風であったが、こうよう映画館でないと上映されないのも残念に思った。
蕭錦文:1926年生まれ、ビルマ戦線で戦った元日本兵、「日本政府から『過去の台湾の軍人さんご苦労さんでした』の一言が欲しいんですよ」
塔立國:1928年生まれ、台湾原住民パイアン族出身、「台湾の主人というのは、高砂族の原住民たちですよ」
宋定國:1925年生まれ、担任だった先生のお墓を千葉県まで毎年訪れる。「先生のこと絶対忘れられません」
陳清香:1926年生まれ、公学校(小学校)時代、クラス一番のおてんば娘。「もし男なら、私特攻隊行ってます」
楊足妹:1928年生まれ、日本人経営のコーヒー農場で働いた、「休みはいらん、休んだら病気入ってくるよ」
戦争というのは、善良な民衆を不幸にするという証しだ。日本人以上に日本人的な台湾人を見て感無量であった。

◆蕉風会同期の寺尾登氏が平成5月28日の名古屋市老連の総会で会長に就任しました
氏から報告と新聞が送ってきましたので掲載します。老人クラブは、町内会老人クラブ→地区老連→区老連→市老連となっていますが、
氏が市のトップ組織の長となられ正に快挙です。
台湾生まれの我々とって大きな誇りです。


◆蕉風会の財産処理報告
幹事各位には会計報告を文書で報告致しました。
以下の通りで全ての財産勝利が完了しました
関係各位に厚く御礼申し上げます。

収入 支出 備考
670,202 繰越金585,202、幹事会会費収入75,000
・・・・ 659,473 幹事会費352,328、台中会へ寄付110,000など
・・・・・ 差額¥10,729は、榮の諸費用に充当

中会へ寄付 ¥110、000  A4用紙3,000枚、長3封筒600枚
今後の予定ですが、台湾協会報に蕉風会解散の報告掲載する予定です

差額¥10,729は今後の支出に充当させて頂きます。
近々にサンケイ新聞に蕉風会の記事が掲載されると聞いていますので掲載されたら本HPにUPします。


●蕉風会最終(解散)幹事会惜別の情を持って行わる
【日時】平成21年7月3日(金)11:30~15:00
【場所】ホテルメトロポリタン松風の間
k【出席(敬称略)松井(夫人同伴)、五十嵐、寺田、鰺坂、今仁(御子息夫人同伴)、鳥原、浅野、矢﨑、播磨、
土屋、松尾、小原、渡邊牛田(産経新聞)、常田、榮 以上18名

【次第】
集合写真撮影
2.
開宴

常田事務局長の音頭で鬼籍に入られた歴代会長及び幹事の皆様に黙祷を捧ぐ。

事務局長より歴代会長と事務局長を招待しようとしたが、生存者は田邊信夫氏(14回生)と
野田宗典氏(23回生)のみでありお二人とも欠席となった。併せて欠席幹事のコメントの紹介がなされた。

会長挨拶:長年にわたり幹事を務められた皆さんのお陰で今日のを迎えることが出来た。感謝の気持ちは
幾度申し上げても申しきれないと御礼の言葉があった。

乾杯 松井幹事
開宴と同時に小原幹事が創立80周年記念で作成したビディオを鑑賞した。
小原、渡邊幹事により幹事全員の2分間スピーチ(2分程度)のビディオ撮影を行った。
矢﨑副会長司会により応援歌斉唱及びカラオケ実施。
産経新聞東京本社編集局記者牛田久美氏自己紹介:NHKで日本は戦前・戦後台湾住民に不当な苦難を
与えたとの報道に疑問を感じ取材していると。

松井幹事・鰺坂幹事そして渡邊幹事からNHKの報道に対し、日本は台湾人の事を非常に思い、日本人同様、
教育などにも心血を注いだとNHK報道に疑問を持っているとの反論がなされた。

鰺坂幹事より小原幹事が映像化を検討しているが、その作品に蕉風会の名を冠することを承認すべきでないか
と提案があり、承認された。
五十嵐幹事の三本締め及び今仁幹事の万歳で宴を締めた。
【あとがき】高齢も関わらずご出席下さった松井先輩ほか諸兄、誠に有難うございました。当日まで出席を
すべく努力されながら断念された古川先輩などお気持ちをお察しします。
あまりにも蕉風会の歴史は古く
言い尽くしえません。2年半もの間、緊張の連続で重責を全うされた常田事務局長に謝意を述べ筆を納めます。
(榮記)

当日出席の諸兄 応援歌斉唱
松井大先輩の乾杯 後輩が主たるB卓
土屋、今仁、播磨、鰺坂、鳥原、榮の諸兄 19回生


◆台湾国立二中の校友会会報が送ってきました
国立二中の常務理事で蕉風会の幹事施光宣氏(24回生)から上記会報が送ってきました。トップページには昨年12月21日に
開催された校友会総会の記事が掲載されていました。
旧二中の卒業生の林朝京先輩が傑出校友として受賞されましたが写真と共に受賞の記事が出ていました。
役員の名簿に日本蕉風会長として私の名が出ておりました


●蕉風会平成21年度幹事会報告
6月12日(金)に新宿ふるさとで開催しました。体調不良者が多く出席は13名でした。
①その後の動向
②平成21年度会計状況
当日までの収支状況は、
収入:624,000円 支出:171,000円で残高453,000円で解散幹事会や当日の郵送料を支出しますと最終残高約10万円の見込みです。
約10万円台中会に寄付できそうです。
③解散幹事会について
*場所:ホテルメトロポリタン(4F松風の間)
*日時:平成21年7月3日(金)11:30~15:00
なお当日幹事会開催前に全期員あて解散に際しての会長挨拶と台湾協会法に掲載された蕉風会小史①~⑤を発送しました。
国内581通、台湾60通、米国1通計642通でした。
会長挨拶の冒頭を下記に掲載します。

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会員各位
蕉風会長として最後の御挨拶です。思い返せば19年1月に思いがけず会長に就任し有終の美を飾るべく努めて
まいりましたが、会員及び幹事のご支援により予定していました ①解散全国大会 ②母校訪問 そして今回の
台湾協会報への「蕉風会小史」の投稿など諸行事を無事遂行できました。経理上からも計画通り進み残余金が若干
出る予定です。
残余金は今後お世話になる台中会へ寄付致します。今回は24回生小原孝弼氏の労作「蕉風会小史」を掲載した
台湾協会報の
コピーをお送り
いたします。改めて台中二中の歴史をお知りになり台中二中のOBとして大きな誇りを感じられることでしょう。
本稿は、常田事務局長と小原氏が台湾協会へ折衝し予定より1月早く5月号で完了しました。蕉風会の記録が殆どない
台湾協会に記録として残すことが出来誠に幸いです。本稿は内外共に好評で台湾協会の理事長からも小原氏に対し
お褒めの言葉がありました。

解散を惜しむ声が多く寄せられましたが、私は体力・気力の衰えを抑えようもなく且つ後任の会長が見当たりません。
正に断腸の思いでありますが、最後の御挨拶となりました。我々の足跡は台中高級二中の校友亭、八重桜そして資料室に
残っておりますし、更に台中高農の校舎に埋め込まれた銘盤もあります。蕉風会の名は永遠に残ります。解散を決断せず、
ずるずると引き延ばし蕉風会が有耶無耶のうちになくなるよりはベーターと思量します。

3

16日付で19回金貞熙氏からも解散を惜しむ便りが事務局長にありました。韓国には17回生1人、
18回生1人、19回生1人、21回生2人が居ましたが現在は21回生の申元均氏と二人のみになったそうです。
弟21回生金海企三男氏は朝鮮戦争で戦死されたそうです。日本同様、台湾と韓国にも痛ましい事件がありさぞ
ご苦労なさったことでしょう。会った時は「黒潮の歌」を何時も合唱しているとのことでした。

14

回生鄭連道先輩から4月10日付で常田事務局長に封書が届きました。内容は台湾の双連教会で
「日本語による聖書研究会」を
行っているとしそのテキストに使用している新聞のコピーが入っていました。新聞のコピーには、田邊信夫先輩と
西義之先輩(故人)
の記事があり、参考までにそのテキストを幹事諸兄に配布しました。なお、残念だが解散は止むをえないので
了承するとの事でした。

事務

局長と榮に林朝京(13回生)・施純仁(15回生)先輩ほか在台会員から多くの年賀状を頂きました。
厚く御礼申し上げます。

生存

会員700名中会費納入者は約1/3でしたが何の不満も言われず何十年もの間、会費を納入された方々、
何十年もの間、
幹事として奉仕下さった方々、それらの方々により今日を迎えることが出来ました。深く肝に銘じ厚く厚く
御礼申し上げます。

なお、播磨台中会長から幹事会の予定表が配布されました。総会は池袋ホテルメトロポリタンですが、
幹事会は何れも新宿ふるさとで13:00からです

第1回 7/25(土) 第2回 9/12(土) 第3回 11/21(土) 第4回 12/19(土)
第5回 1/16(土) 第6回 2/20(土) 第7回 3/27(土) 総会 5/24(月)
反省会 6/12(土)

●田邊信夫氏から葉書が参りまして台中に温泉が湧き出で新名所となった旨記されていました

■第36回台中会総会盛大に開催さる
恒例の台中会総会が今年も盛大に開催された。蕉風会は解散するので最後の参加となった。
【日時】平成21年5月12:00
【場所】池袋ホテルメトロポリタン
【出席】
来賓:台北駐日経済文化代表処代表馮寄台氏(代理副代表)他13名 台湾よりの留学生譚君怡君他9名
会員:152名但し大勢の当日欠席あり
【次第】司会横幕恵子副会長
第一部
開会の言葉
黙祷
会長挨拶
来賓祝辞:台北駐日経済文化代表処代表馮寄台(代理副代表)及び台湾協会常務理事黒田一夫氏
留学生紹介
乾杯
第二部
余興
万歳三唱

蕉風会・栴檀会九州支部中嶋弘之氏より贈呈のあったスタンド花
台北駐日経済文化代表贈呈のスタンド花
横幕恵子氏司会風景 台北駐日経済文化代表処代表馮寄台氏(代理副代表)挨拶
留学生紹介 バイオリン演奏
尺八の余興
蕉風会員の応援歌斉唱 留学生の「河の流れのように」の斉唱
台中1高女(栴檀会)校歌斉唱 常田蕉風会事務局長の万歳三唱
小ざくら16年卒同期の女性と

総会終了後、台中会打ち上げに便乗して、蕉風会黒潮誌編集委員長を囲んで蕉風会幹事と別室で懇談をした

柴田先輩を囲んでの懇親会風景 中央柴田先輩


◆蕉風会ニュース4/10
14回生鄭連道先輩から4月10日付で常田事務局長に封書が届きました。内容は台湾の双連教会で
「日本語による聖書研究会」を行っているとしそのテキストに使用している新聞のコピーが入っていました。
新聞のコピーには、田邊信夫先輩と西義之先輩(個人)の記事も入っていました。参考までにそのテキストを
幹事諸兄にも配布しました。なお、残念だが解散は止むをえないので了承するとの事でした。
今日でも日本を愛し
日本語を愛している先輩に深い感動を覚えました。


◆蕉風会ニュー3/16
3月16日付で19回生金貞熙氏からも解散を惜しむ便りが事務局長にありました。韓国には17回生1人、
18回生1人、19回1人、21回生2人が居ましたが現在は21回生の申元均氏二人のみになったそうです。
弟21回生金海企三男氏は朝鮮戦争で戦死されたそうです。日本同様、台湾と韓国にも痛ましい事件があり
さぞご苦労なさったことでしょう。会った時は「黒潮の歌」を合唱したとのことでした


▲台湾台中市大同国民小創立110周年記念式典の写真を披露します
去る平成21年3月21日に記念式典が執行されると報じましたが、小ざくら会長横幕恵子氏から写真が送ってきました
ので披露します。
記念式典の様子が少しでも分かって下されば幸甚です。
私は単独旅行は危険なので今回は不参加としました。
名簿を見ますと昭和15年卒以降同伴を含め47名で良かったと思っています。多分これが最後の団体旅行ではないで
しょうか。

参加者全員の写真
校門の飾り 生徒のセレモニー
王汾謄元校長が挨拶しているところ


■台湾協会 平成21年交礼台湾の会開催さる
平成21年3月14日(土)に九段会館で開催されました。
台湾協会報へ「蕉風会小史」を掲載して頂いたお礼と小ざくら会長横幕恵子氏が司会をするのでその応援も兼ねて
出席しました。
小原孝弼幹事の紹介で黒田一夫常務に挨拶をし小原氏作成のVTRを贈呈しました。
【来賓】
台北駐日経済文化代表処代表 馮寄台氏ほか20名でした
【台湾留学生】
洪介仁東大生、顔如敏一ツ橋大生など10名
【参加者】
役員を含め98名
【次第】
(1)挨拶 台湾協会長 園部逸夫
(2)挨拶 台北駐日経済文化代表処代表 馮寄台氏
(3)挨拶 交流協会 理事長 畠中篤氏
(4)乾杯 交流協会前理事長 高橋雅二氏
【留学生紹介】
全員が檀上に上がり一人一人紹介された
私は留学生と同じ卓であったので雑談をしたが台中出身者がいないのが少し寂しかった。

横幕恵子氏の司会ぶり 台北駐日経済文化代表処代表 馮寄台氏挨拶 留学生が檀上に
留学生達と 右端は小生 横幕恵子氏と同期の武田六朗氏 同席した留学生
会場の賑わい

【その他】
終了後靖国神社を訪れるつもりでいたが、疲れたので近くの「しょうけい館」を台中会長播磨文夫氏と訪れた。
丁度「いたみを綴る」展を開催していた。戦傷病者や家族そして白衣の天使の労苦の思いを込めた短歌は涙なくしては
見られなかった。


◆また新たな出会いが!!
今迄にこのホームページで台湾関係諸団体のことを知り問い合わせが何回もありました。
この度下記のようにメールがあり蕉風会在台幹事の施光宣氏と何銘枢氏に連絡を取り手配をして下さることになり3月12日
から4泊5日で訪台し台中に2泊されるそうです。ご子息が父上の台湾への深い思いを知り訪台されること誠に麗しいことです。
母校訪問(明治小と台中第二中高学校)は14日になりました。
私達は高齢になればなる程台湾への思いがつのります。

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榮 様

突然のメールで失礼します。

今月、初めて台湾へ行くことになり、下調べをしていたところ榮様のホームページに辿り着きました。

実は、私の父が明治小学校、台中二中の卒業でありまして、台湾関係の記述を大変興味深く拝読させていただきました。

父は台北高商から陸軍へ学徒出陣し、香港、上海を経由し鹿児島で終戦を迎えました。その後、一度も台湾の地を踏むことなく、
平成
15年に他界をしました。

幼いころから、祖母や父の話に聞く台湾に郷愁を感じておりましたが、ようやく訪台の機会を得ることができました。当初から台中に
一泊して縁のある処へと考えておりましたので、新旧台中二中、旧明治小、旧宅のあたり(有明町?)などを訪ねてみようと思って
います。その中で、記述にある現台中第2高級中学資料室は一般に公開されているものなのでしょうか。ご教授いただければ幸いです。

蕉風会は解散とのことで残念な限りです。今後の活動でお手伝い出来ることがあれば何なりとお申し付けを下さい。

東京都豊島区

髙木茂実

父 高木健次 明治小学校38回昭和113月卒業

         台中二中 16回昭和173月卒業

叔父 高木英一 台中二中 12回昭和133月卒業

祖父 高木嘉幸 集集、清水(三田)などで学校長をしていたよう

◆蕉風会平成21年度第1回幹事会報告(平成21年2月27日 於新宿ふるさと)
【出席】五十嵐、遠藤、寺田、鰺坂、浅野、村越、矢﨑、播磨、土屋、小原、榮、常田 以上13名
【会長挨拶】
台湾協会報2月号の「蕉風会小史」に実に素晴らしかったです。さすが蕉風会員の文章です。
会員あての資料を11時から行って下さり外国56通を含み646通の発送作業無事予定通り行うことが出来厚く御礼申し上げます。
(参考)発送資料
(1)会長挨拶
(2)平成20年度収支決算書(単位円)
繰越金:1,471,188 収入:1,654,424 支出:1,69,222 残高:585,202
(3)母校訪問報告(平成20年7月11日実施)
(4)幹事名簿
【議事】
(1)台湾協会報への「蕉風会小史」は折衝の結果2~5月号の掲載となった。
(2)昨年開催の台中第二高級中学創立86周年記念式典について
(3)平成20年度会計監査報告
(4)何銘枢幹事よりメールで送信された高級二中の八重桜の写真を披露
(5)「蕉風会小史」投稿に当たって疑義のあった少年兵召集は毎日新聞に記事が掲載されており周知の事実であることを
ご承知されたいと新聞のコピーを配布しながら了解を得た
(6)今後の予定
①第2回幹事会にて「台湾協会報小史」を発送する。時期は6月。
②本日の支出は約10万円、今後の支出は、第2回の幹事会で台湾協会報コピー発送10万円、解散幹事会20万円、
予備を含めて45万円、10数万円をかって結論を得た台中会と黒潮誌へ寄付をする。
以上


◆台中第二高級中学の八重桜が満開との便りがありました。
蕉風会在台幹事の何銘枢氏からインターネットで2月22日に写真が送ってきました。6年前の創立60周年に記念植樹した八重桜が
満開だと薛光豊校長から連絡があり撮影に出向いたとのことです。苗木を植え6年しか経っていませんので日本の桜とくらべれば
幼木ですが、今でも健在で咲いているのに感動を覚えます。我々がなき後も永遠に咲いて欲しいと祈る次第です。


●推薦図書「一期一会」喜早天海(キソウ タカヒロ)編集:販売価格 NT200元(¥1200)
喜早天海氏は台日交流聯誼会(台日会)世話人、1988年より台湾で生活、日本語教師を経て現在日系会社に勤務する傍ら「湾生と日本語人」の記録を残すべく執筆活動に取り組んでいる。定期的にメールマガジンを発行しておりホームページも開設している。http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Cassiopeia/5904/
この度メールマガジンで上記本を発行した旨知ったので早速申し込んだ。
終戦後年月が経ち戦前・戦中の記録が忘れられてきているが、台湾を愛する日本人、日本語を愛する台湾人の手記を読み感動に耽った。
発行所が台湾なので購入希望者は、k37339@gmail.comに連絡すると購入手続きを教えてくれる。

特に印象に残った寄稿文
第1章 日本人と台湾人の絆 日本人必見の宝覚寺
第2章 ラホヤーとの出会い 台中会と緒方健次さん
故郷の訛りと篠原正巳先生
台北第三高女「花の21期生」たち
第3章 素晴らしき人生の先輩たち 終戦前後の台中の学校
第4章 台湾に尽くした明治の男たち 八田與一に見る日本人の精神

宝覚寺、台中二中の歴史と今日までの経緯を系統的に知ると共に多くの感動を味わった。


▲台中第二高級中学校創立86周年記念式典盛大に行わる
12月21日台湾在住蕉風会幹事施光宣氏(22回生)と何銘枢氏(24回生)が蕉風会代表として出席されました。7月11日母校訪問時、献上しました金一封は薛光豊校長の「86周年式典で頂きたい」との希望で席上施光宣幹事より贈呈しました。
傑出校友は、日本からの推薦は固辞しましたが、施純仁傑出校友会長(蕉風会15回生)の推薦で林朝京氏(13回生)が蕉風会員として表彰を受けました。蕉風会から途切れることなく傑出校友が受賞したことは誠に目出度く且つ有り難いことです

写真は施光宣幹事(左)から薛光豊校長に贈呈しているところです


◆大同国民小学(明治小学校承継校)開校110周年記念大会について
大同国民小から上記について招待があり幹事会で検討の上参加することになりました。
●日時:平成21年3月21日(土)
●場所:台中市明治小学校(現大同国民小学)
なお、このためにツアーを組んで次の3コースに分かれて行います。
1.台中・台北コース

3/19 各空港より出発 ・・
3/20 自由行動 台中
3/21 記念行事参加 台中
3/22 台北観光 台北
3/23 帰国 ・・

2.台中・台北(九份・基隆)・新北投コース
3・花蓮・高雄・台中・台北コース
●問い合わせ:小ざくら会旅行係 ATSエンジョイプラン
 担当:井谷/北村 0463-96-3745


蕉風会のその後について
蕉風会の動向について11月21日(金)に行われた幹事会議事録を中心に報告をいたします。事務的には
平成20年12月31日にて解散いたしますが、残務整理があり平成21年は、財産整理が出来るまで
業務を行います。残りました財産(消耗品を含む)は幹事会で議論した結果、今後お世話になる台中会へ寄付する事になっています
【第4回幹事会】

【開催】H20.11.21に新宿青葉で開催し、出席は、松井(11回生)、五十嵐(15回生)、服部(16回生)、
遠藤(17回生)、寺田(18回生)、古川(18回生)、鰺坂(19回生)、鳥原(19回生)、浅野(20回生)、
村越(20回生)、矢﨑(20回生)、河野(21回生)、播磨(21回生)、土屋(22回生)、小原(24回生)、
渡邊(24回生)、榮会長(20回生)、常田事務局長(21回生)の18名でした。

【会長挨拶】母校訪問直前に大腸からの下血により緊急入院したため、母校訪問を断念しました。、然し矢﨑副会長、
常田事務局長、土屋幹事、施幹事、何幹事その他の方々のご尽力で成功裏に終了しました。厚く御礼申し上げますと
共に肝心な時に欠席した事につき深くお詫び致しますとの挨拶を致しました。

【その後の動向11】
1.訃報:22回生安部忠義(H20.2.7)、22回生由富進午(H20.7.29)、19回生天野正一(H20.8.22)、
14回生土橋芳敏(H20.1.24)、14回生西義之(H20.10.9)、20回生東武史(H20.2.18)

なお、20年に知得した逝去者はH20年度逝去11名、H19年以前逝去4名、計15名でした。
2.会長の依頼により会計帳簿の出納帳と伝票を逐一チェックし1件の金額ミスがあったが全般的には良好であった。
(事務局長報告)

3.幹事諸兄の黒潮誌継続希望について
幹事諸兄に継続を促しました。(事務局長)
4.21回生野島助治氏から19年度分の会費納入がありました。
5.2高級中学傑出校友会会長施純仁名にて10月19日に会を開催する旨矢﨑副会長に案内状が参りました。
傑出校友会で毎年表彰する傑出校友を人選しているようです。在日校友からは今年も推薦しないことにしました。

6.過日台湾協会報投稿文案が小原幹事より会長及び事務局長に送付されてきましたので意見を小原氏あて述べました。
(会長)

7.台湾協会報取材に訪れた諸兄からDVD発行を熱望されたので小原幹事が迷っていると推察しました。
4回幹事会(本日)で再議論することにしました。

【会計中間報告】科目別集計表を提出した。
収入1,598,188円(前年よりの繰越金を含む) 支出927,109円 残高671,079円となった。
【今後の予定】 当日の意見を踏まえ修正した案を次に示します。
*H21.1:会計監査
*H21.2.27:第5回幹事会
①会計報告 ②母校訪問報告
を全会員へ発送します
*H21.7:第6回幹事会
 台湾協会報記載文(蕉風会解散に際して)のコピーを全会員へ発送します
【今後の必要経費】 当日の意見を踏まえ修正しました。
支出概算:626,000円 残高概算:45,000円となりました。
【会員名簿の配布】
11月初現在の名簿を幹事に配布しました。ちなみにパソコンに登録している会員は、死亡及び転居先不明者を含め
1,354名です。

【台湾協会報投稿の現状】小原幹事より台湾協会と協議した結果と原稿の骨子の説明がありました。一部原稿の表現
について危惧する旨発言がありましたが、慎重に記述することとなりました。

DVDの発行について】
会長より本件は、会から財政上補助が出来ないので先の幹事会で行わない旨決定した。然し、小原幹事の希望が強い
ことから再度議論して頂くことにした旨発言があり、小原幹事からもなんとかしたいとの願望が述べられた。財政面の
裏付けがなく、しかも先に結論がでたものの再提案であるので如何なものか等の意見が出ました。小原幹事がスタッフ
(氏の協力者)と協議して結論を出したいとの事なので結果を待つことにしました。

【その他】松井幹事が脳梗塞発症後リハビリ中の不自由なところご出席され蕉風会への愛情の表れと感謝いたします。
【終りに】
平成21年2月中に全会員あて蕉風会の近況などをお送りします。お陰さまで全国大会、母校訪問を無事終え、あとは蕉風会
の歴史を述べた小原幹事の台湾協会報への掲載を残すのみとなりました。今日までご支援くださった同窓の皆様に厚く
御礼申し上げます。

第4回幹事会の様子 第4回幹事会の様子


▲特別慰労品を贈呈されました
引揚者に対し予てから独立行政法人平和祈念事業特別基金が特別慰労品の贈呈事業をしている事を知りました。余り期待はして
いませんでしたが関係資料を整え申請したところ一発で承認されました。
福田康夫総理大臣名で交付状と銀杯が送付されてきました。
現在麻生内閣より景気浮揚策の一環として2兆円に及ぶ交付金が支給されることが物議を醸しています。私もどちらかと言えば
反対の立場です。
この特別慰労品の贈呈事業もかって誰かの人気取りで行ったものでしょう。平和祈念事業特別基金の後始末の事業でしょう。
官公庁や特別行政法人が残った予算を無理無理決算している例が多々ありますが、これもその一例です。申請しなくてもどうせ
無駄な金を使うのですから頂くことにしました。今更との思いは断ち切れません。


◆母校訪問記
既報の通り私は訪台直前に下血のため旅行を断念した。
常田事務局長より報告を受け且つ写真の提供を受けたのでそれを基に母校訪問記として報告する。
●台中高級農業職業学校(旧台中二中校舎の承継校)
7月11日午前に訪問した。参加者は在台同窓を含め18名であった。校長が不在のため劉福鎔教務主任の出迎えを受けた。
会議室に案内され劉福鎔教務主任の挨拶を頂いた。続いて矢﨑副会長が挨拶した。引き続き校友会長陳堂立理事長の挨拶を頂いた。
台中高級農業職業学校は、旧台中農業の承継校であり在台していた日本人同窓も歓迎してくれた。
金一封を贈呈、教務主任よりペナントを頂き重ねて理事長より記念品を頂いた。
果物を頂きながら学校紹介の映画を鑑賞、日本語の解説のついた立派な映画であった。
日本語の話せる学生3名に案内して貰い、校内見学へ。講堂はリホームされ食堂になっていた。武器庫跡、武徳殿跡、
グランドなど学生時代の思い出に耽りながら大木になったガジュマルの下で応援歌を合唱した。涙声になりながら。
その後、隣接する実習ホテルの食堂に移りボリュームのある昼食を頂き午後1時30分懐かしの赤レンガ校舎に別れを告げ
台中第二高級中学校に向かう。

昔と様子が変わったが懐かしい赤レンガ校舎 昔と全然変わってしまったが現在の校門
今でも旧二中時代の金庫が大事に使われている 当時も校庭にあったガジュマルの下で涙を流しながら応援歌を歌う
赤レンガの校舎を後ろにして 日本語の分かる学生に案内して貰う

当日学校に居た学生にも集まって貰った

●台中第二高級中学校(旧台中二中の学籍簿の承継校)
第二高級中学へ向かう途中台中公園に立ち寄る。中の島の東屋、改装され綺麗にはなっていたが、昔の赤レンガの方が
よかっと思う。
第二高級中学は、台湾で8番目と言われるだけに広大で立派な校舎である。会議室へ案内される。新富小組と合流した。
今日は入試の関係で付き合えないと言っていた薛校長が都合がついたとの事でお見えになった。訪問人員は22名。
(1) 薛光豊校長挨拶を頂いた
(2) 矢﨑義純副会長挨拶
出発直前に榮会長が病に倒れ代理で挨拶します。創立80周年記念で植樹した桜が立派に育っており感銘を受けました。
(3) 薛校長から全員に記念品の贈呈がなされた。
(4)校内見学
校友亭は、学生の勉強の場であると共に憩いの場でもあるとの事
歴史資料館には、旧二中時代の写真が多数展示してあった

階段で記念写真を撮った 桜の記念樹の前で

●日台合同懇親会
訪問団員16名、在台会員9名、第二高級中学関係者10名、計35名であった。
(1)矢崎副会長挨拶
(2)薛校長挨拶
(3)張栄華校友会創立者挨拶
(4)施純仁先輩(15回生)挨拶
(5)巫永徳先輩(16回生)、林敬義先輩(17回生)から挨拶を頂いた
(6)五十嵐幸宏(15回生)の乾杯
(7)応援歌斉唱
(8)閉会の辞、万歳三唱で幕を閉じた席上第二高級中学と校友会へ金一封を贈呈した。

■台湾母校訪問について
本稿は、榮が参加する前提で記したものですが、7月初旬に大腸からの下血で参加を断念しました。ですから
飽く迄も予定です。

蕉風会解散の記念行事として昨年は全国大会を盛会の内に終了し、今年は母校訪問をいたすことにしました。
同窓会(蕉風会)単独の旅行の実施は高齢のため参加人が危惧されます。故に台中会(旧台中州出身者の会)の
「第12回台中会台湾親善訪問団」に加わり自由行動の日に母校訪問をすることにしました。
例えば私が参加するコースは
Cコースでありますが以下の通りです。その他にBコース(希望設定コース6日間)や
Aコース(自由コース3日間)などがあります。参加者は各コースを含め83名です。
日程は
●7月10日(木) 成田 NH1081 09:20発  11:50台北着 ここで福岡、中部、関西空港出発組と合流
バスで台中の宝覚寺(日本人墓地として日本人が祭られている)を参拝後ホテル(全国大飯店)着
夜は、大飯店で台中会主催の懇親会が行われます。その席に私の小学校の恩師篠原先生がお世話になった現在の
大同国民小学校の元校長の王汾謄先生を招待します。
●7月11日(金) 9:30に大飯店を出発、国立台中高級農業職業学校を訪問します。本校は私達が学んだ旧台中州立
台中第二中学校の校舎がそのまま保存されています。校長室にある菊のご紋が記された金庫や旧二中の校章が記された
書庫を見学、更に創立80周年に設立した記念碑文を見学します。懐かしの赤レンガの校舎を巡りそして校庭に残された
ガジュマルの下で「黒潮の歌」など懐かしの応援歌を歌うことになるでしょう。高農で昼食をし、13:30に高農を出発、
国立台中高級第二中学校に向かいます。本校には、台湾の同窓先輩のご尽力で私達の学籍簿が保管されています。
創立80周年に建立された東屋風の交友亭や記念植樹した桜を見学します。第二高級中学は、台中第二高女の承継校
でもあります。
母校訪問者は24名です。
16:00に第二高級中学を辞しホテルに帰ります。
夜は蕉風会主催の懇親会です。場所は元台中座近くの沁園春餐庁です。台湾の同窓を含め日本から訪問した同窓そして
第二高級中学の薛光豊校長や現校友会長の邱憲道会長を招待し(10名)それらの方々を交えて懇親会を行います。
席上蕉風会長として私の挨拶後校長、交友会長の挨拶を頂き更に在台同窓3名の方にも挨拶を頂きます。乾杯の後応援歌
斉唱など含め懇親会に入ります。出席者は来賓を含め44名です。
20:00に会場を辞しホテルに向かいます。特に記念すべきことは母校訪問日が私の80歳(傘寿)の日なのです。何という
因縁でしょう。
●7月12日(土)は高雄に向い市内観光します。ホテルは国賓大飯店です。
●7月13日(日)は高雄市内観光の後四重渓を観光、ホテルは南台湾大飯店です。。
●7月14日(月)は新幹線で台北に向かいます。夜は「さよならパーティー」です。ホテルは国賓大飯店です。
●7月15日(火)台北で自由行動をし一路帰国の途につきます。
尖閣諸島の問題で反日行動が行われ治安が心配ですが、平和の内に親善旅行が終わるよう熱望しています。台湾人(内省人)
は親日的ですが戦後台湾に移住した中国人(外省人)がそのような行動を行うのです。これも久しぶりに総督に就任した
国民党政権故でしょう

準備に奔走した22回生施光宣幹事と24回生何銘枢幹事に謝意を表します。

▲蕉風会今年度第3回の幹事会を行いました
[日時]平成20年6月6日(金)11:30~
[場所]新宿青葉
[出席]15名
[議題]
(1)その後の動向
(2)幹事よりのコメント
(3)平成20年度中間決算報告(5月末)
 収入:1,574,188 支出:575,487 残高:998,701
 払うべきものは全て支払った。今後の支出予定:630,000
(4)母校訪問について
ア、現在申込38名(名簿添付)
イ、施幹事母校との打合せ結果(資料添付)
ウ、7月11日のスケジュール(資料添付)
エ、高農と高級2中に金一封を贈呈する
オ、在台同窓参加者:7名
カ、17回生林敬義氏より寄付がある。
キ、)小原氏の取材スケジュール
ク、台中会の現状
(5)次回幹事会は母校訪問後10月末頃


◆蕉風会の動向について
4月11日に蕉風会の動向を幹事あて発送した。その概要について述べる
①4月11日に下記の方々に今年の7月11日に訪問する旨の依頼状を会長名で発送した
国立台中第2高級中学校長 薛光豊先生
国立台中第2高級中学校校友会長 邱憲道氏
国立台中高級農業職業学校長 王成春先生
②会費納入者
平成19年度会費の納入が2名からあった
15回生 佐野慶一氏・20回生 新美次郎氏 両氏には昨年の全国大会の冊子を同封し礼状を送付した
③訃報 4名
④書状返戻 3名
⑤母校訪問希望者39名
⑥平成20年度分以降会費納入者20名計66,000円を返戻した


◆蕉風会20回生、栴檀会21回生合同同期会を行いました。
蕉風会全国大会会場の池袋ホテルメトロポリタンを10月7日15:30に小型バスで出発しました。
ホテルは、山梨石和温泉古柏園です。参加者は、蕉風会:青木、浅野、上原、榮、坂口、美濃田、明神、渡部、佐藤、栴檀会は、
浅井、大塚、金谷、武田、山崎、横幕の15名でした。
参加者は、北は会津若松から新潟、東京、横浜、横須賀、奈良、高知、大阪、熊本と全国にまたがりました。
当日は、カラオケや上原君のハーモニカ、大塚さんのフラダンスなど楽しみました。
明8日は、先ずぶどう園でぶどうやワインを買い込み⇒精進ブルーライン⇒富岳風穴⇒鳴沢氷穴⇒河口湖みはら亭(ほうとうの昼食)
河口湖ICを経て新宿解散16時でした。途中マイクを通じて喋り捲りました。とても楽しい旅行でした。横幕さんから〆の挨拶がありましたが、
全員が同期会の継続を望み来年京都あたりでやりたいと話が出ました。

全員の写真です 上原君のハーモニカ演奏、老人ホームでボランティアをしている由
富岳風穴で 富岳風穴のお店
風穴の中は0度でした 氷穴の中は0度で寒かったです
氷穴は氷で満たされていました、江戸時代殿様に献上されたそうです 帰りの車内風景


旧制台湾台中州立台中第2中学校20回生(昭和20年卒)の同期会が開催されました
青木、上原両兄の音頭とりで行われました。私は予科練の同期会と重なり欠席しました。当日の出席者に①同期生名簿
②蕉風会(同窓会)の動きを送りしました。
【開催】平成19年5月27日~28日
【場所】サンメンサーズ神戸
【出席】青木基輔・浅野欣三・久保正夫・寺尾登・古川大典・藤田英彦・明神博茂・三雲隆・上原多喜治の9名
【内容】
5月27日16時集合懇談会実施
5月28日朝食後新神戸駅直ぐ上にある布引ハープ園を散策、ケーブルカーにて頂上に上り神戸の展望は素晴らしかったようです。
昼は中華街の台湾飯店でバーツアンやビーフンを味わったそうです。台湾生まれの我々にはとても懐かしいもので今でも郷愁に
耽っています。
同期諸兄の長寿を願うものです。

集合写真です


●蕉風会20回生同期会が開かれました
同期の上原(高知在)と青木(伊丹在)の肝いりで四国鳴門で開催されました。
◆10月23日(月)
鳴門エクシブ鳴門集合です。東京からは新神戸下車、新神戸からは阿波エクスプレスで高速鳴門下車そこから送迎シャトルバス
で鳴門エクシブ着となりました。
参加者は、青木・浅野・上原・久保・榮・坂口・三雲・美濃田・明神・矢崎の10名です。約60人に案内状を発送したそうですが
10名となりました。
鳴門エクシブの会員として青木君が登録されており彼の紹介で宿泊できました。各地のリゾート施設が崩壊しているなか
鳴門エクシブが厳然として存在しておりその経営手段に敬意を表した次第です。山の頂上に位置しお城に行ったような感じでした。

鳴門エクシブの前で


◆10月24日(火)
四国88箇所巡り第1番の霊山寺⇒2番極楽寺⇒ドイツ館⇒阿波踊り会館⇒阿波十郎兵衛屋敷⇒鳴門民宿泊

一番札所の看板 一番札所霊山寺でお経をあげている巡回者 二番札所極楽寺で
ドイツ館全景 俘虜収容所を再現した建物
阿波十兵衛屋敷にて
阿波踊り会館にて


◆10月25日(水)
鳴門渦潮見物⇒解散でした。

渦潮観光船



◆蕉風会第11回ゴルフ会報告
日時:2006.5.15
場所:津久井湖ゴルフ倶楽部
成績:下表の通り

順位 氏名 白ゆり 山吹 GROSS HDCP NET GROSS順位 備考
奥 浩二 53 57 110 36 74
河野 宏 53 51 104 27.2 76.8
宮島 啓 51 50 101 23.6 77.4
鰺坂 昭 55 57 112 34.4 77.6
原尻正春 51 46 97 18.8 78.2 BG
常田和夫 57 56 113 33.2 79.8
古川 滉 54 59 113 32 81
寺田文行 57 62 119 35.6 83.4
池田 馨 65 56 121 36 85
10 五十嵐幸宏 66 60 126 36 90 10


◆蕉風会・栴檀会昭和20年卒合同同期会開催去る
芋生和之君の肝いりで平成18年4月17日~18日に下関で開催されました。
●4月17日
宿は下関海峡ビューホテルで当夜は懇親会が行われました。
ビューホテルは眼下に関門海峡が一望でき素晴らしいホテルでした。
【参加者】
▼蕉風会12名:三雲隆(東京)、上原多喜治(高松)、青木基輔(伊丹)、田中甫(大和郡山)、坂口淳一郎(大和郡山)、古川大典(川西)、
美濃田浩(熊本)、渡部三郎(会津若松)、新美治朗(津)、明神博茂(須崎)、芋生和之(防府)、榮辰平(横浜)
▼栴檀会16名:菅原富子(福岡)、佐藤陽子(倉敷)、大塚芳子(熊本)、宮嶋英子(熊本)、山崎道子(新潟)、宮崎幸子(延岡)、
金谷志摩子(大阪)、尾崎澄子(博多)、長田津子(名古屋)、海野京子(神戸)、武田幸子(和光)、中島美代子(福岡中央区)、
縄田咲子(山口秋芳)、数野富美子(西条)、海老沢悦子(岐阜)

ビューホテルでの懇親会の一こまです。地元の方のバナナの叩き売り・大塚女史のフラダンス・田中君の手品・上原君のハーモニカそしてカラオケを楽しみました 懇親会の風景です

●4月18日
下関を観光タクシーで観光しました。
■火の山公園:標高268mの山でかってのろし場あったことからこの名がついた。頂上の展望台から関門海峡や玄界灘など
眺められる。
■野木神社:長府に由緒ある乃木神社があるなんて少しも知りませんでした。旧居や遺品館など意義深いものでした。さざれ石や
君が代の原歌など考え深く拝見しました。
■下関関門人道トンネル:上段が車道下段が人道になっている。全長780mで門司まで15分で行ける。
■赤間神宮:壇ノ浦の戦いに敗れて入水した安徳天皇を祭っています。波の下の都竜宮城造り、平家の武将の墓碑もある。
春帆楼:明治28年日清戦争の講和会議が開かれ敷地内には、伊藤博文と李鴻章が講和条約を締結した部屋や調度類が
再現されている。10数年前に春帆楼を訪れふぐを頂き条約締結の記念館を見物したことを懐かしく思い出した次第。
■唐戸市場:玄界灘や周防灘で水揚げされた魚介類・加工品などを売る店が200店ひしめく市場海産物をお土産に買いました。
■感想:さすが薩長で明治維新を達成した長府だけあって重みのある街でした。
※写真の上にマウスをかざしましますと説明文がでます。どうぞご覧下さい。

乃木神社の前景です。沢山の遺跡がありました。 乃木大将です
乃木神社の全景です さざれ石の国歌の生まれたいきさつをしるした石碑です
乃木希典大将夫妻の銅像です みもすそ川公園です。関門海峡で最も狭い早鞆の瀬戸沿いにあり関門橋や最速10ノットの潮流や行き交う船を間近に眺められます。
関門人道トンネルの下関側です。全長780m上段が車道、下段が人道になっています。 関門人道トンネルの入り口です。大勢の観光客が訪れていました。エレベータで地下の人道にいけます。
旅館春帆楼で同じ敷地内に伊藤博文と李鴻章が日清講和条約を締結した部屋や調度品などが当時の侭再現されています。10数年前ここでふぐ料理を頂きそして資料館を見学したことを懐かしく思い出しました。
寿永4年壇ノ浦の戦いで破れて入水した安徳天皇を祭っています。平家の武将の墓碑など貴重な遺跡がありました。


◆平成17年度蕉風会・栴檀会合同大会終わる
日時:平成17年4月15日12:00~15:00
場所:福岡天神 平和楼本店
出席:来賓5名、蕉風会35名、栴檀会33名
    来賓:台北駐福岡経済文化辨事処長 黄諸侯氏夫妻、平和楼社長 趙福来氏夫妻、衆議院議員楠田大蔵氏、
九大留学生OB、台中女子高級中学OBなど
第1部式典、第2部余興を有意義且つ楽しく過ごしました

大会の一こまです。
蕉風会20回生(昭和20年卒

▲20回生の同期会を引き続き行いました
蕉風会20回生(8名)及び栴檀会21回生(5名)は、唐津市郊外汐湯旅館に専用バスで行きました。大事な出会いを
味わいながら飲みながら歌いながら楽しく過ごしました。翌日は唐津城・焼物展示館・おさかな村を廻り昼食後博多駅で
解散しました。
参加者は浅野欣三・上原多喜治・勘解由明・美濃田浩・明神博茂・矢崎義純・渡部三郎・渡辺正剛・江種千恵子・
尾崎澄子・大塚芳子・下釜貞女・武田幸子でした。


台中第2中学校創立80周年式典参加旅行の訪台記
沢山の写真を撮って来ましたが、このホームページが重くなってもいけませんので数枚に絞りました。

平成14年12月22日に旧台中2中の創立80周年記念に当たり日本から80名の同窓と同伴が訪台し感激の涙を流して帰国しました。生まれ故郷台中は、私達にとって永遠です。
日程は
●12月19日に日本各地の空港を出発し午後台北着観光後夜結団式を行いました。台北在住の台湾同窓も出席されました。
●20日は台北発午後は台中での自由行動でした。私は在台中の台中1高女の同期生のご好意により元台中1高女、新2中(国立台中第2高級中学)旧2中(国立台中高等農業学校)を訪問しました。私は、旧明治小(大同小学校)を訪問しかって創立100周年記念で植樹した植木や記念碑を見学しました。
◎20日から21日は、台中組と台南・高雄組に分かれての観光です。
◎台中組みの日程は次の通りでした。
●21日は自由行動の日で皆さんは,日月潭や集集、埔里を観光しました。
●22日は、待ちに待った式典の日です。
 午前中は、台中第2高級中学(旧2中の承継学校)での80周年記念式典、八重桜の記念植樹、東屋風、交友亭の除幕式続いて校庭で現校友会員を含めての約1,000名に及ぶ大祝宴と次々と行事が行われました。
午後は旧2中校舎(台中高等農業学校)での歓迎会と80周年記念碑の除幕式そして郭孚宏校長室の訪問、今でもかってご真影を奉納した金庫、2中の紋章を付した書庫が大事に使われており台湾の方々のお気持ちがひしひしと伝わって来ました。校庭での黒潮の合唱涙なくしては過ごせませんでした。
夜は、在台同窓を含めての祝賀会です。在台同窓が、日本の童謡やカラオケを忘れずに歌って下さりこれまた感動のひと時でした。
●23日はいよいよ帰国です。朝台中を発ち台北の中正空港から日本に向けて空路出発しました。

22日の現台中第2高級中学での式典で
洪秋森校長の挨拶の状況です。
この式典で傑出校友として元駐米大使大河原良雄氏(10回生)が表彰を受けました。
台中第2高級中学の校歌と黒潮の斉唱も行われました。
歓迎の音楽も演奏され感激のうちに終わりました。
式典終了後、資料室を見学しました。旧台中2中時代の写真が大事に展示されており感謝の思いで一杯になりました。私たちの学籍簿も展示されており希望者にはコピーサービスも行われました。

式典終了後台湾の校友会の方々も交えての集合写真です。
表彰状を持って居る方が、大河原良雄氏です。
校友亭の除幕式を終え
校友亭の碑文です
旧台中二中同窓会「蕉風会」は、創校八十周年を祝福し、建学の志と、学校歴を保存継承した国立台中二中の益々の発展と校友の活躍を祈念して此処に碑を贈呈するものとする。
二千二年十二月二十二日
旧台中二中同窓会 蕉風会会員一同
植樹の記念碑を前にして
左より、浅野、矢崎、渡部三郎、榮、芋生、勘解由、永田君と共に
22日の新台中2中の行事が終わったあと午後旧台中2中を訪問しました。
懐かしい赤レンガの校舎です
旧台中2中(国立台中高等農業学校)では、かってご真影を奉納した金庫が今でも大事に保管されており感激もひとしおでした。
高農に現存されている書庫です。大事に保管されていました。
上の方に2中の紋章がありますが、分かりますか
右から5人目が台中高農郭孚宏校長です。
最右端は、同期生上原、最左端は同期芋生、2番目が寺尾、右から4人目が勘解由です。
右から3人目が台湾側で色々と手配に尽力された施光宣君(蕉風22回生)です
旧2中(現高農)の校舎に碑文を埋め込みました。碑文の内容は
「黒潮健児の学舎・此の地は1922年から1945年まで旧台中2中の学舎の跡地である。若き日の黒潮健児が不幸な戦争の青春時代を勉学とスポーツに励み又計り知れない苦難の未来を乗り切る力を養った意義深い思い出のキャンパスである。母校を失っても永久保存となった赤煉瓦校舎と血潮沸かせたグランドがある限り我等が2中魂は永遠に続く。此処に懐かしの応援歌を刻み肩を組んで唄った記憶を新たに我等が魂の母校に記念碑を建立する。都を遠く・・・・(省略)・・・我が黒潮の母校なる。2002年12月22日
旧台中2中創立80周年記念
同窓会「蕉風会」一同
この写真は、台中高農学校郭孚宏校長から蕉風会より差し上げた寄付に対しての礼状と共に送られて来ました。
旧台中2中での集合写真です。
在校生の方々から校門でお帰りなさいと言われての出迎えの言葉にぐっと来ました。なんと素晴らしい挨拶でしょう。