No.12 , March 2000

Art

ホイッスラーの美術論 (4)


 ホイッスラーは、1859年5月から、ロンドンに住むようになった。しばらく姉夫婦の家に住んだあと、彼はブルームズベリー地区のニューマン通りに部屋を借りた。さらに夏になると、エッチングのテーマにする風景を求めて、彼はテームズ河畔の港湾地区に滞在した。フランスで、クールベを師として仰ぎ、ファンタン=ラトゥールらとリアリズムに共感していた彼は、ロンドンで都市の風景を描くことを目指し、テーマとして都市中心部の風景ではなく、産業革命で活気づくテームズ河畔の港湾地区の風景を選んだのである。

 林立する帆船のマスト、艀、河岸の事務所や倉庫の建物、工場の煙突、スラム、船員や港湾労働者。1859年と1860年の夏に彼がテームズ河畔の港湾地区に滞在して制作したエッチングには、こうした工業や貿易の時代の姿ともいえるダイナミックな港湾の風景が描かれている。

 その頃、ロンドンでは、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティに率いられるラファエル前派の画家たちがいわばアヴァンギャルドとして注目を集めていた。彼らは、産業の進展に対して否定的な立場をとり、中世に目を向けた。彼らが好んでテーマにしたのは、物憂げな表情の女性像や産業によって損なわれていない田園的な風景であった。そのような傾向をとるラファエル前派の絵とホイッスラー絵とは、テーマのとり方からしても大きく異なっていた。

 リアリズムの画家たちはフランスの前衛、そしてラファエル前派の画家たちはイギリスの前衛であり、どちらもそれぞれの国の新しい芸術運動の主役であった。しかし、美術史の大きな流れという観点からみれば、もちろん、主流に乗っていたのはホイッスラーの方であった。リアリズムは、やがて印象主義、さらに立体主義へと発展していく。それに対して、ラファエル前派は、ラスキンとロセッティという二つの強烈な個性の存在によって、迷路に迷い込んだのであるという見方もされている。

 レイバーは、イギリス絵画においては、この時期、「ホガースの教訓は忘れられ、ターナーの業績は誤解され、コンスタブルの範は無視された。残されたものは、退化した折衷主義だけであった」(1) と書いている。そして、このようにイギリス絵画が「破産」したのは、農業文明から工業文明への変化が急速であったためであろうと述べている。ラファエル前派の絵画は、工業文明の否定を主要な動機とし、反抗的であったが、絵画史の観点から見れば、彼らの作品は、「彼らが反発していたロイヤル・アカデミー展の絵画と本質的には何ら異なっていなかった」(2)。

 フランスのリアリズムの画家たちやホイッスラーがダイナミックな都市の風景をテーマに選んだことについては、ボードレールの芸術論の影響が大きかったとされている。それはラファエル前派のように過去への郷愁にテーマを求めるのではなく、現代的なものの中に新しい美を探し出そうという考え方であり、それは未来主義を経て、現代美術へと引き継がれていった芸術思想であったといえる。

 テームズ河畔の港湾地区の風景をテーマにしたホイッスラーのエッチングには、その後の作品で鮮やかに発展を遂げていくさまざまな要素がすでに内包されている。1859年の作品、《 Black Lion Warf 》は、手前に港湾労働者あるいは船員と思われる人物を配し、背景に艀や対岸の建物群を描いている。翌年の夏の作品、《 Rotherhithe 》は、彼が滞在していたテームズ河南岸のロザーハイズ地区のエンジェルという宿屋のバルコニーで話し合う2人の船員と思われる人物を前景に配し、背景に帆船のマストや艀、さらに遠景にテームズ河畔の建物群を描いている。《 Rotherhithe 》と《 Black Lion Warf 》のタッチは異なるが、基本的な構図は同じであると見ることができる。

 このように人物を前景にして、背景ないしは遠景にテームズの風景を描くという構図は、1861年から64年にかけて制作された油彩の《Wapping》でも繰り返された。河岸の宿のバルコニーで2人の男と1人の女性が話し合う光景は、売春の交渉を暗示しているようである。その背景には、河岸や沖合いに停泊する帆船とそれらのマスト、索、そして忙しく行き交う艀、さらに遠景には河岸に並び立つの建物群や林立するマスト、煙をなびかせる工場の煙突などが描かれている。

 この構図はさらに発展し、やがて1864年から70年にかけて制作されたジャポニスムの油彩作品《 Variations in Flesh Colour and Green: The Balcony 》につながっていった。この作品では、夕暮れ時のテームズ河畔のバルコニーで、日本の着物を着て夕涼みをする女たちが描かれ、遠景に対岸の工場や煙突が描かれている。その後、彼はこの構図を2つに分解して、テームズ河や海の風景をテーマにした作品と肖像画作品という2つの大きな作品群を生み出すことにつなげていった。

引用文献
1) Laver, James : Whistler, Faber and Faber, 1951. p.81-82.
2) ibid. p.82.

参考にした文献
3) Anderson, Ronald and Anne Koval : James McNeill Whistler, John Murray, 1994.
4) Whistler, James Abbott McNeill : Etchings of James A.McN. Whistler, Selected and Introduction by Maria Naylor, Dover Publications, 1975.
5)Dorment, Richard and MacDonald, Margaret F.: James McNeill Whistler, Harry N. Abrams, 1995.
6) Spencer, Robins : Whistler, Portland House, 1990.

(写真は、ホイッスラーのエッチング作品《 Black Lion Warf 》の部分を使っている、Whistler, James Abbott McNeill : Etchings of James A.McN. Whistler, Selected and Introduction by Maria Naylor, Dover Publications, 1975.の表紙)


Count
Copyright (C)2000 Hideo Nogami


HOME