No.33, April 2002

Art


ホイッスラーの美術論 (22)

ホイッスラー対ラスキン(3)

ラスキンの美術論

 ラスキンは、1860年頃から美術よりも社会に関心を向けるようになった。「それまで、彼は凝った壮麗な文体を好んでいたが、関心の変化に伴なって、くだけた表現、突発的な絶叫、挿入句の多用などを特徴とし、声高に主張し、怒りを抑制することができない人が気持ちを生き生きと表現するのに合った文体を用いるようになった」。ケネス・クラークは、1949年に書いたラスキンの自伝『プレタリタ』の紹介文の中で、そう述べている。それはトーマス・カーライルに範をとった文体であり、ラスキンは、『フォルス・クラビゲラ』だけでなく、オックスフォード大学での講義でも、この文体を用いたという。(1)

 ホイッスラーに対する批判で使われたのもこうした文体であった。彼は、ホイッスラーやグローブナー画廊の美術に対する考え方に怒りを投げつけたのである。しかし、それは突発的な発言ではなかった。ヴェニスへの旅行、多くの著作や聖ジョージの社会運動の仕事、またローズ・ラ・トゥーシェという若い女性への恋愛で受けた痛手などにより、ラスキンは精神的な過労状態に陥っていたが、ホイッスラー批判は、それによる苛立ちの爆発ではなく、信念の表明であったということができる。

 すでに1873年に、オックスフォードでのトスカーナ美術についての講義の第三回目で、彼は同じような言葉を用いてホイッスラーを批判していた。

 「これまで、どの国の、どの美術展でも、昨年、ロンドンの美術展で展示されたような恥知らずな作品は見たことがない。下手に塗りたくり、“ピンクと白のハーモニー”とかいったばかげたことを言っている。究極のガラクタであり、引っかいたり塗りたくったりするのに4分の1時間もかからない。絵画と呼べるような見掛けさえない。これに250ギニーという値段が付けられている」(2)

 これは、1872年にダドレイ画廊に展示されたホイッスラーのノクターンを批判した発言であるが、1877年の『フォルス・クラビゲラ』でのホイッスラー批判は、この発言の繰り返しであった。

 しかし、こうした強い言葉でホイッスラーを批判していたものの、美術に対するラスキンの考え方は、すでに混乱していた。「ラスキンの好みは漠然としており、審美的な体系をたとえ持っていたにせよ、それは間違ったものであった」とレーバーは述べている。ラスキンは、ある作品が気に入った時は、それが“自然に忠実である”という理由で称賛し、画家の偉大さは植物の形態についての知識によって説明されると考えていたようであった。「彼は“対象の美”にとりつかれ、レンブラントのような偉大なオランダ画家にも価値を見出せなくなっていた」「彼は、フランスで起こっていた審美思想の革命をまったく意識していなかっただけでなく、たとえマネの作品について何かを知ったとしても、それを嫌ったであろう」という。(3)

 ラスキンは、幼少時から岩石に強い関心を持ち、地質学会や鉱物学会の会員として専門的な論文も書いているが、彼は岩石や植物に見られる自然の美に対する関心を強めていた。

 ラスキンのこのような精神的傾向から考えると、ホイッスラーに対する批判は、彼の美術論の表明というよりも、美術そのものに対する彼の疑念の表明であったともいえるだろう。彼は労力ヘの報酬という考え方にとらわれており、ホイッスラーの作品は、ほとんど労力が費やされていないのに高価な値段が付けられているという点を強く非難しているのである。そして、バーン=ジョーンズの絵は、審美的な観点からの価値はともかく、制作への誠実な取り組みがうかがえるとして称賛しているのである。

 ラスキンの美術に対する疑念について、レーバーは、「自分が美術に対して関心を抱くことそれ自体によって彼は良心の動揺を感じていた」と書いている。「浮浪者がそのドアの前で餓死していくような状況があるかぎり、彼にとって、“美術の殿堂”に平和はなかった。工業による破壊が英国の顔を黒く塗りつぶしている間は、絵画の栄光を享受する権利は自分にはないと彼は感じていた」。(4)

 ホイッスラーに対する批判において、ラスキンは、美術論ではなく、道徳論の観点に立っていたのであるといえる。しかし、そのようにとらえることは、当時は誰にもできなかった。彼はオックスフォード大学のスレード講座の美術教授であり、『近代画家論』や『ヴェニスの石』を書いた偉大な美術評論家であるとみなされていた。

(写真はHilton, Tim: John Ruskin, The Early Years, Yale University Press, 1985, 2000. George Richmondによるラスキンの肖像画、1843頃、National Portrait Gallery, London.)

Note

1) Clark, Kenneth: Introduction for Praeterita, The Autobiography of John Ruskin, Oxford University Press, 1978., x.
2) Laver, James : Whistler, Faber and Faber, 1951. p.150-151.
3) ibid, p.150.
4) ibid, p.149

ホイッスラーの作品を集めたサイト:ARTCYCLOPEDIA
http://www.artcyclopedia.com/artists/whistler_james_mcneill.html
 


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