ホイッスラーの美術論 (19)
ホワイトハウス(3)
ホワイトハウスの内部の造りには、ゴドウィンとホイッスラーの芸術思想がさまざまな形で投影された。
青いカーペットが敷かれ、壁に黄色の水性塗料が塗られた狭い玄関ホールは、左側にある数段の階段で広いアトリエにつながっていた。また、左側奥の階段は食堂につながり、正面の階段を降りるとアトリエ・応接室兼用の部屋に入るようになっていた。(1)
アトリエ・応接室兼用の部屋は、腰板に漆喰を塗り、乾く前にこすってその跡を模様として残し、壁はテラコッタ色で塗装して、白とテラコッタ色でアレンジされた。小さな庭に面した側は、日本の障子を思わせる格子状の桟を入れたガラス窓を床から天井近くまで大きく取り、採光を良くすると同時に、庭の景色が眺められるようにしていた。(2)
こうしたデザインは革新的であり、植物などをモチーフにした複雑な模様の壁紙を使い、小さくとった窓にステンドグラスを使うのを好んだウィリアム・モリスの室内デザインの思想とは真っ向から対立するものであった。
モリスのデザインは、産業革命によって工業化していくイギリスの風景からの逃避を志向していた。植物をモチーフにした複雑な模様の壁紙は、機械的な直線を避けようとするものであり、ステンドグラスをはめた小さな窓は、ゴシックの教会建築のように外界を遮断する意味を持ったものであったといえよう。それに対して、ホワイトハウスのデザインは、模様を排除した単純性を志向し、庭とのつながりを持たせて大きくとった窓によって外界との連続性を重視していた。(3)
ホワイトハウスの建築デザインは、現代性を意識したものであったが、同時に日本の建築デザインへの傾倒を表現したものでもあった。
無駄な装飾を排した漆喰やテラコッタ色の壁は日本建築の簡素さから影響を受けたのではないかと考えられ、また木を植え込んだ庭に向かって大きくとられ、障子のような格子状の桟をいれたガラス窓も、彼らが清長の浮世絵などで見ていた日本の建築構造を模したものであったのではないかと考えられている。木を植え込んだ小さな庭も、日本の庭園を模したものであったようである。日本の建築デザインへのホイッスラーとゴドウィンの傾倒は、モリスらのとはまた別の、イギリスのヴィクトリア時代の風景の否定であったのだろう。(4)
ホワイトハウスを建築中の1878年にゴドウィンとホイッスラーは、パリ万国博に、家具会社ウィリアム・ワットの要請で、《Harmony
in Yellow and Gold: The Primrose Room or the The Butterfly Suite》と名づけたモデルルームを出展した。二人は、このモデルルームのために、共同で木製のキャビネットを製作した。マントルピースとして用いることを意図したこのキャビネットは、《Harmony
in Yellow and Gold: The Butterfly Cabinet》と作品名が付され、ゴドウィンがデザインし、ホイッスラーが装飾を担当した。日本の茶箪笥を模したようなデザインであり、棚の奥や扉の板に、ホイッスラーは金箔や黄色を使って花や蝶の絵を描いて装飾した。この戸棚は、ホワイトハウスに置かれることになっていたのではないかと考えられている。現在、この戸棚は、グラスゴー大学にある。(5)
ゴドウィンのデザインによって制作され、現在、ヴィクトリア・アルバート美術館に所蔵されている《四季戸棚(Four
Seasons Cabinet》も、ホワイトハウスに置かれることになっていたのではないかと考えられている。この戸棚の上から二段目の左右の扉は釣鐘形に切りぬかれ、真鍮製の格子がはめ込まれているが、ゴドウィンはこのデザインにあたって、自分が所有していた『北斎漫画』第五巻の中の絵を模したのであるといわれている。(6)
ゴドウィンは建築家としてだけでなく、家具デザイナーとしても注目されていた。1877年発行の家具会社ウィリアム・ワットのカタログは、ゴドウィンの「アングロ・ジャパニーズ」と呼ばれた家具デザインの宝庫であるとされている。(7)
ホイッスラーがホワイトハウスに入居したのは、1878年10月頃であった。彼が、この家に住むことができたのは、それから半年ほどの間だけであった。1879年5月に、彼は多額の負債を返済できなくなり、破産したのである。破産によって家屋だけでなく、手元にあった彼の作品、彼が収集してきた日本の美術工芸品などのすべてが執行吏によって競売に付された。
彼はもともと浪費家であったようであり、ホワイトハウスの建築も経済的な面を十分考慮せずに取りかかったようであるが、それに加えてラスキンを相手にした訴訟事件も負担となった。ホイッスラーがラスキンを訴えたのはホワイトハウス建築中の1878年8月であり、裁判が行われたのは彼がホワイトハウスに入居してまもない1878年11月であった。そのころ、この家はすでに差し押さえられていた。
Notes
1) Bendix, Deanna Marohn, Diabolical Designs, Paintings, Interiors, and
Exihibitions of James McNeill Whistler, Smithsonian Institution Press,
1995.p.152.
2) ibid. p.153-157.
3) ibid. p.156-157.
4) ibid. p.157.
5) ibid. p.156, 164.
6) ibid. p.156.
7) 渡辺俊夫:イギリス―ゴシック・リヴァイヴァルから日本風庭園まで―、ジャポニスム入門(ジャポニスム学会編)、思文閣出版、2000年。p.84.
ホイッスラーの作品を集めたサイト:ARTCYCLOPEDIA
http://www.artcyclopedia.com/artists/whistler_james_mcneill.html
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