No.5 June 1999 (Revised August 2000)
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モダニズムとTheosophy
宗教史学者のミルチア・エリアーデは、『オカルティズム、魔術、文化流行』で、1960年代に復興し、70年代に「旋風」ともいえるような状況を呈したオカルトへの関心がどのように展開していくのか予測することは難しいと述べている(1)。
1999年という今の時点に立てば、80年代から90年代にかけてオカルトへの関心はさらに高まり、文化流行と呼べるような状況を呈したといえることになるのだろう。ウンベルト・エーコの『フーコーの振り子』(1988年)(2)なども、そうした文化流行を踏まえて書かれた小説であったとみることができる。
エズラ・パウンドに関係した研究分野でも、90年代になって、パウンド、T・S・エリオット、W・B・イェイツらの作品とオカルトとのかかわりについて多くの事実が明らかにされ、作品の解釈、そして文学史や芸術史に新たな視点がもたらされた。
一九世紀末から20世紀初頭にかけて、大きな影響力をもったオカルトは、ロシア生まれのH・P・ブラバツキーが創始した神智学(Theosophy)であるが、イェイツやパウンドの作品とのかかわりが明らかにされているのも神智学である。
ブラバツキーの神智学は、1875年にニューヨークで神智学協会が設立されたあと、アメリカだけでなくイギリスやドイツでも多くの支持者を得た。神智学協会のドイツ支部の事務局長になったのは、その後、神智学協会を離れ、1912年に人智学協会を設立したルドルフ・シュタイナーであった。イギリスでは、アニー・ビーサントが指導者として知られているが、当初はブラヴァツキー自身がロンドンに住み、交霊会を開いた。イェイツは、そのブラヴァツキーの交霊会に通ったことを『自伝』に書いている(3)。彼は、過激であったために神智学協会を脱退することを迫られ、仲間とともに独自に「黄金の黎明の位階」というオカルト集団を組織したほどのオカルト傾倒者だった。彼のオカルトへの傾倒は、のちに『ヴィジョン』(1925年)という作品に結晶した。
ブラヴァツキーの神智学は、独自にオカルトへの関心が高まっていたフランスには広まらなかった。エリアーデによると、一九世紀にみられたフランスでのオカルトの流行は、1810年生まれの神学生、アルフォンス=ルイ・コンスタンによって始まった。「いかがわしいがらくたの寄せ集め」であった彼の著作は、「理解しがたいほどの成功を収め」、流行となってジョセファン・ペラダンの薔薇十字団の結成につながっていっただけでなく、ブラヴァツキーの神智学協会にも影響を与えたのだという。さらに、ロマン主義、象徴主義の詩人、作家たちにも影響を与えたという(4)。そうしたことから推すると、アメリカやイギリス、ドイツの芸術家たちが神智学の影響を受けたことは、フランスの芸術家たちのあいだでのオカルトの流行と密接な関連を持っていたといえるのかもしれない。
パウンドが、大学生時代に憧れを抱いていたヘイマンという年上のピアニストは、オカルトへの熱心な傾倒者であったことが明らかにされ、パウンドは彼女によってオカルトへの関心を導かれたのではないかという見方がされている(5)。大きな宗教的地殻変動が起こっているという時代の中で、神智学への傾倒は知識人のあいだで流行ともいえるような影響力を持ったようであり、パウンドが神智学に関心を持つきっかけは、ほかにも多くあったと推することもできるだろう。
彼が移住した1910年前後のロンドンにも、神智学への傾倒者は多くいた。彼をイェイツに紹介し、のちに彼の義母になったオリビア・シェイクスピアという女性は、一時期、イェイツの恋人であったことが知られているが、彼女は心霊術を使う女性であったと、エルマンはイェイツの伝記の中で書いている(6)。彼女はオカルト的な小説も書いた。
パウンドは、イェイツ、ウィンダム・ルイス、T・E・ヒュームらとともに、G・R・S・ミードという神智主義者が主宰する「クエスト・ソサイアティ」という会合にもしばしば参加していた。ミードが発行する『クエスト』という雑誌には、インド人詩人タゴール、イェイツ、東洋美術史家のローレンス・ビニョン、カバラの研究者G・ショーレム、宗教哲学者マルティン・ブーバーらが寄稿していたことが知られている(7)。
パウンドがロンドンに移住してもなく定期的に寄稿するようになった『ニューエイジ』の編集者A・R・オレージも神智学協会の会員だった。前衛的な芸術家たちの間でよく読まれていたその『ニューエイジ』は、劇作家バーナード・ショウとルイス・ウォレスという神智主義者から寄贈された資金で再スタートした「ギルド社会主義」の立場に立つ刊行物だった。(8)
1914年に、ウィンダム・ルイスとパウンドはヴォーティシズム(渦巻主義)という前衛芸術運動を興したが、このヴォーティシズムという概念ないしはイメージも神智学の影響を受けたものであった可能性があるとされている(9)。しかし、ヴォーテックス(渦)は、未来派によって使われていた言葉であったとの見方もある(10)。
ヴォーティシズムを興すに当たって、彼らはカンディンスキーの『芸術における精神的なものについて』(1911年)の影響を受けたが、カンディンスキーのこの著作は、イギリスの神智学協会の指導者であったアニー・ビーサントらの著作の影響を受けていたことも明らかにされている(11)。
こうした事実を見ると、20世紀はじめに、神智学が先端的な芸術家や知識人たちに、いかに大きな影響を与えていたかがわかる。
また、ヨーロッパでは、その後、オカルトへの傾倒は、文化流行を超えて社会流行の様相を呈した時代もあったようだ。シュテファン・ツヴァイクは、1940年頃に自分の人生を振り返って書いた著作、『昨日の世界』の中で、第1次世界大戦後の混乱期にオーストリアでは、接神論、心霊術、降神論、催眠術、人智学、手相学、筆跡学、インドのヨーガ、パラケルスス的な神秘主義などが「黄金時代を体験した」と述べている(12)。
エリアーデは、ゲーテ、シラー、ノヴァーリス、バルザックら18世紀以降の主要な詩人や作家たちの多くの作品は、17、18世紀の神智学の構想を反映し、延長したものであったと述べている。さらに、彼は、1960年代から70年代にかけて多く発表されたオカルトに関する研究論文に基づいて、ボードレール、ヴェルレーヌ、ロートレアモン、ランボー、アンドレ・ブルトンら19世紀から20世紀にかけてのフランスの詩人、作家たちのオカルトへの傾倒についても述べている。(13)
エリアーデによると、彼らは、オカルトを、ブルジョワ体制とそのイデオロギーに対抗する強力な武器として利用したのであるという。オカルトへの傾倒には、現代の公的な宗教、倫理、社会慣習、美学、さらにはギリシャ、ルネッサンスの理想の拒否という面が含まれていたというのである。(14)
パウンドらモダニストたちのオカルトへの傾倒も、そうしたコンテクストの中でとらえられるのだろう。ブラヴァツキーの神智学は、彼らにとって、非合理主義的、そして反キリスト教的であっただけでなく、古代インドの知恵などを強調している点で反西洋中心主義的であり、また「交霊」は神と個人が直接に接するという点で個人主義的でもあった、という見方ができる。
引用文献
1) エリアーデ、ミルチア:オカルティズム、魔術、文化流行(楠正弘・池上良正訳)、未来社、一九七八年。p.115.
2) Eco, Umbert : Foucault's Pendulum, translated by W. Weaver, Picador,
1989.
3) Yeats, W.B.: Autobiographies, Macmillan, 1955. p.173‐182.
4) エリアーデ、op.cit.p.86-93.
5) Tryphonopoulos, Demetres P.: The Celestial Tradition, A Study of Ezra
Pound's The Cantos, Wilfrid Laurier University Press, 1992. p. 60-65.
6) Ellmann, Richard : Yeats, The Man and The Masks, Penguin Books,1987(First
Published 1979), p.150.
7) Tryphonopoulos, op.cit. p.86.
8)ibid., p.78-79.
9) Materer, Timothy, Modernist Alchemy, Poetry and Occult, Cornell University
Press, 1995. p.32.
10) Perloff, Marjorie : The Dance of the Intellect, Studies in the Poetry
of the Pound Tradition, Northwestern University Press, 1996 (First published
by Cambridge University Press in 1985). p. 40-42.
11) Materer, op.cit, p.34.
12) ツヴァイク、シュテファン:昨日の世界、1、2(原田義人訳)、みすず書房、一九九九年。p.446.
13) エリアーデ、op.cit. p.91.
14) ibid., p.91-92.
(写真はH.P. Blavatsky : The secret doctrine : the synthesis of science,
religion, and philosophy, vol.1. Cosmogenesis, The Thesophical Publishing
Company, 1888.のファクシミリ版(Theosophical University Press, 1988)の扉と口絵写真に使われているH.P.
Blavatskyの肖像写真)
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