No.31 February, 2002
2006年2月改訂

Series


歴史の中のエズラ・パウンド 
第31回(最終回)
 
エピローグ

二〇世紀のモノローグ

 エズラ・パウンドが詩人になろうとしていた二〇世紀初頭、詩は、散文の隆盛によって、しだいに文学作品としての位置を狭められ、形骸化した表現に堕していく危機に瀕していた。一九一一年から一二年にかけて彼が書いたエッセイ「私はオシリスの四肢を集める」を読むと、彼は詩の置かれた状況を強く認識し、詩の改革を考えていたことがわかる。

 「詩が現代生活の中で重要な位置を占めるには、かつてのように、<ものごとに密着>しなければならない」「考えが明快さの極点に達したときに、詩人が意味しようとすることを言わず装飾的な漠然としたことを言っていれば、意欲的に生きている真摯な人々は、詩はたわごとであり、刺繍のようなものであると考えるだろう」と彼は書いている(1)。『キャントウズ』は、そのように考えた彼が、詩の改革を追求していく過程で得た答えでもあったのだろう。

 世界や人間が広く、深く認識されるようになった時代にあって、「ものごとに密着」し、「意味しようとすること」を言おうとすれば、詩は単純明快なものではあり得ず、従来の歌詞のような表現を超えなければならないという考え方が、『キャントウズ』には反映されているように思える。

 彼は、政治や経済に対しても強い関心を持ったが、常に詩人であった。人間の歴史の中で、また自分が生きる時代の中で、詩人は何をどのように書くべきかを、彼は常に考えていた。そうして、彼は、人々の関心が地球全体、古代から現代にまで広がった時代に、世界と歴史を包摂した詩を書こうとし、書物や教育の普及によって言語の理解に優れる者が増加した時代に、あらゆる言語を駆使した詩を書こうとしたのだろう。

 二〇世紀前半は、写真、映画、ポスターといった視覚的なメディアが急速に発達した時代であった。パウンドは、詩の視覚的な表現にも強い関心を抱いたが、こうした世界の変化も彼に大きな影響を与えたのだろう。

 二〇世紀にはいって、印刷物による言語の伝達はますます発展したが、それと同時に音声による言語の伝達に、まったくの新しい世界が切り開かれた。電話、レコード、映画のトーキー、ラジオ、テレビの発明と急速な発達である。それに伴なって、音声による言語の表現は新しい発展をみた。現在のラジオやテレビでの音声による言語表現には、古くから吟遊詩人、歌手、俳優、演説家、講談家、落語家らが発展させてきた技巧の継承と新たな発展が反映されているのだろう。現代は、音声による言語表現の全盛時代でもあるといえる。詩の音声による表現も、歌謡の歌詞という形によっては大量になされている。

 オペラを作ったことやラジオ放送にかかわったことから考えると、パウンドは言語の音声による表現にも関心を抱いたに違いないと思われる。しかし、詩の音声による表現には積極的な関心は持たなかったのではないだろうか。

 音声による言語表現が発展している時代に、彼が詩の音声による表現に積極的なかかわりを持たなかったとすれば、あるいは持つことができなかったとすれば、それは、詩が音声による表現の衝動と技巧を本質に持ちながらも、それ以上に内向的なモノローグという性格を強く持っていたからだろう。

 様々なメッセージの伝達や芸能・音楽における言語表現と詩における言語表現は連続的につながっており、明確に区別することはできないのかもしれない。しかし、詩は古くから、内向的、個人的なものとなることによって他と自らを区別し、独自性を確立しようとしてきた。

 『キャントウズ』を書いたエズラ・パウンドは、二〇世紀の歴史の中で新しいモノローグを語った詩人であった、といえるのではないだろうか。

(写真は、The Cantos of Ezra Pound, New Directions, 1989)

(終)

Note

1) Selected Prose 1909-1965,ed. by William Cookson, Faber and Faber, 1973. p. 41.

エズラ・パウンドの伝記について

 エズラ・パウンドの伝記は、ノーマンによるもの(1)、ストックによるもの(2, 3)、カーペンターによるもの(4)、三巻から成るウイルヘルム(5, 6, 7)によるものなどがある。これらのうち、ストックによるものは、パウンドと直接に接することのできる立場にあった著者が書いたものであり、基本的なものとして評価されている。一九八八年に刊行されたカーペンターによるものは、ストックによるものを踏まえ、さらに広範な情報を加えることを意図して書かれたものと思われるが、ストックのものと比較すると、第二次世界大戦後の時期についての記述が分量的にも充実しているといえる。
 ストックによるものも、カーペンターによるものも、第二次世界大戦中の時期に関しては十分な記述がなされていないが、この時期に関して多くの情報をもたらしたのはレッドマンの研究書(8)である。同書は、パウンドがロンドンに移住して文学活動を始めた時期についても多くの情報をもたらした。また、トリフォノプーロスの研究書(9)は、パウンドの学生時代からロンドン時代の初期にかけての新しい情報をもたらした。
 この連載では、ストックによるものの増補版(3)とカーペンターによるもの(4)を、パウンドの伝記の基本的な記載として頼った。両書に共に記載されている情報に関しては、引用個所の記載は省き、どちらか一方にしか記載されていない場合は、引用個所を記載するようにした。これらのほかに引用したり、参考にした情報は多くあるが、それらについては、その都度、引用個所を記載するようにした。

1) Norman, Charles: Ezra Pound, Macmillan, 1960.
2) Stock, Noel: The Life of Ezra Pound, Routledge and Kegan Paul, 1970. (photo)
3) Stock, Noel: The Life of Ezra Pound (An expanded edition), North Point Press, 1982.
4) Carpenter, Humphrey: A Serious Character--The Life of Ezra Pound, Houghton Mifflin Company, 1988.
5) Wilhelm, J.J.: The American Roots of Ezra Pound, Garland, 1985.
6) Wilhelm, J.J.: Ezra Pound in London and Paris, 1908-1925, The Pennsylvania State University Press, 1990.
7) Wilhelm, J.J.: Ezra Pound, The Tragic Years, 1925-1972, The Pennsylvania State University Press, 1994.
8) Redman, Tim: Ezra Pound and Italian Fascism, Cambridge University Press, 1991.
9) Tryphonopoulos, Demetres P.: The Celestial Tradition, A Study of Ezra Pound's The Cantos, Wilfrid Laurier University Press, 1992.


謝辞

 連載中、何人かの専門家の方々から励ましとご教示をいただきました。また、光栄にもエズラ・パウンド研究家の集まりである日本エズラ・パウンド協会に加入させていただき、2000年10月に開催された学会で、このウエブサイトについての発表の機会を与えていただき、その際にも多くの会員の方々から激励と示唆をいただきました。まだ未完の部分も多いと思いますが、連載を終了できたこの機会に、心よりお礼申しあげます。


エズラ・パウンド関連サイト
http://www.lit.kobe-u.ac.jp/~hishika/pound.htm: Ezra Pound (神戸大学文学部・菱川英一氏による英文サイト。パウンドの晩年の肖像写真、主要文献リスト、年譜、関連サイトへのリンクなどが掲載されています。主要英米詩人についての情報を得るための同氏作成サイトにリンクしています。)


Count
Copyright (C)2002 Hideo Nogami


HOME