No.10  Decevember, 1999

Series


歴史の中のエズラ・パウンド 
第10回
 
第2部 モダンエイジ

第7章 ヴォーティシズム
(後半,Section 4-5)




 一九一四年四月頃から、ルイスは、パウンドの援助を得て新しい前衛芸術運動の季刊誌を創刊しようとしていた。パウンドとルイスは、一九〇九年に知り合っていたが、互いに警戒心を持ち、親しい交友はなかった。急速に親しくなったのは、パウンドが前衛的な絵画や彫刻に強い関心を持ち始めた一九一四年になってからである。

 新しい芸術運動の主導者はルイスだったが、名称はパウンドの提案で「ヴォーティシズム(渦巻主義)」になった。「ヴォーティシズム」は、「ヴォーテックス(渦)」という語から作った言葉である。彼は、「エネルギーが最大に発揮される時点」という意味で、「ヴォーテックス」という語を好んで使い始めていた。その「イメージ」を、彼はアップワードが著書『新しい世界』(一九一〇年)に書いた「物質と力を分けてとらえるのでなく、両者が一体となった渦のようなものである」とする宇宙観から得たとされている(1)。一九一四年九月に『フォートナイトリ・レビュー』にヴォーティシズムについて書いた評論では、パウンドは、「イメージは観念ではない。それはきらめく交点、ないし群である」とし、それが「一つのヴォーテックス(渦動)」であり、「その中から、それを通じて、さらにその中へ、もろもろの観念がたえず奔流している」と書いている(2)。このように、パウンドは、ヴォーティシズムはイマジズムの延長線上にあるととらえていた。

 また、最近の研究では、パウンドが形成した「ヴォーティシズム」という観念は、神智学の影響を色濃く受けていたことが明らかにされている。パウンドが強い感銘を受け、ヴォーティシズムの観念を形成するうえで影響を受けたとされるアップワードの著作、『新しい世界』は、語源の追求によって原始的な思考と現代的な思考のつながりを明らかにしようとしている一方で、神智学の影響を強く受けた宇宙論を展開しているという(3)。学生時代から神智学に関心を抱き、さらにロンドンのオカルト・サークルであるクエスト・ソサイアティーの仲間たちと交流を持つだけでなく、イェイツとのストン・コテージでの生活でも新たにオカルトの知識を蓄えたパウンドが、神智学の宇宙観を芸術思想にとり入れようとしたことは不思議ではないと言えるであろう。

 当時、神智学は、多くの芸術家に影響を与えていた。カンディンスキーの『芸術における精神的なものについて』(一九一一年)は、イギリスの神智主義者アニー・ビーサントらの著作『思考の形』(一九〇一年)の影響を受け、またブランクーシは、ブラヴァツキーの著作の影響を受けて球形やらせん形の表現に関心を持ち始めたとされている(4)。

 神智学は、電磁波の発見といった新しい自然科学的知識と霊魂の問題の統合に関心を持っていたが、そのような点が多くの芸術家に訴えたのではないかと思われる。

 ヴォーティシズムの季刊誌『ブラスト(爆破)』が発行されたのは一九一四年六月である。一九九二年にブラック・スパロウ・プレス社が刊行した復刻版を見ると、ショッキング・ピンクの紙に黒く太い「BLAST」の文字が対角線上に配置された第一号の表紙と太くて荒々しい活字を使った中の誌面のデザインは未来主義の影響を感じさせる。

 雑誌の冒頭には、「ヴォーティシストに光栄あれ」という一文が掲げられた。「我々は世界の外観を変えようとは思わない。なぜなら、我々は自然主義者、印象主義者、未来主義者ではないし、我々は芸術のために世界の外観に依存しようとは考えないからである」「我々は生きるための世界のみを欲する。そして我々を通り抜ける荒々しいエネルギーを感じることのみを欲する」「イギリスでは、偉大な芸術家は常に革命的であり、フランスでと同じように真に優れた芸術家は伝統の中に生きてきた」「ブラストは他の方法では世間に伝えられない、いきいきとした、荒々しい観念に道を開くことに取りかかる」「ブラストは、基本的には大衆的なものになる。特定の階級に訴えようとはせず、あらゆる階級・属性の人々の根元的な、大衆的な本能、すなわち個人に訴えようとする。人は自分が芸術家であると感じたとき、あるいは知ったとき、どのような環境にも時代にも属さなくなる。ブラストは、だれもの中にある、時代を超越した根元的な芸術家のために創刊された」「大衆的な芸術は、普通考えられているように貧しい人たちのための芸術を意味するのではなく、個人のための芸術を意味する」「 我々は、俗物性に反対するのと同時に、大衆の美化にも反対する」。(5)

 ルイスが、この一文で表明したのは人間の内面を志向した芸術に取り組もうとする姿勢であり、既存の芸術に対する反抗であった。彼らは、未来主義、立体主義、表現主義から強い刺激を受け、イギリス独自の前衛的な芸術運動を起こそうと考えていた。

 この第一号には先に引用した宣言のほか、パウンドの詩、ルイスの戯曲『星たちの敵』、フォードとレベッカ・ウエストの小説、カンディンスキーの著書『芸術における精神的なものについて』の抜粋、ルイス、エプシュタイン、ゴーディエ=ブルゼスカによる素描、絵画、彫刻などの作品の写真が収載された。

 『ブラスト』発刊の資金は主にルイスの母親が負担し、レベル・アート・センターのパトロン、ケイト・レックミア夫人も一部を負担した。

 ルイスは、それまで未来派のイギリスでの代表者として活動していたが、『ブラスト』の発刊とほぼ同時に未来派を離脱した。きっかけになったのは一九一四年六月七日の『オブザーバー』紙に、マリネッティを強く支持していたクリストファー・ネヴィンソンが未来派宣言を発表したことだった。彼は、レベルアート・センターのメンバーでもあり、その宣言でレベルアート・センターの住所を使ってルイスと彼の仲間も未来派運動の仲間であると書いたが、ルイスは、これを受け入れなかった。一週間後、『オブザーバー』紙は、レベルアート・センターの主宰者としてのルイスが、ゴーディエ=ブルゼスカら仲間とともに未来派から離脱する旨を表明した声明を載せた。(6)

 マリネッティは機械を強調しすぎる、とルイスは批判するようになっていた。パウンドも『フォートナイトリ・レビュー』に書いた評論では「ヴォーティシズムには過去を破壊しようとする未来派の奇妙なけいれんはない」とし、「彼(マリネッティ)の審美的な原則には反対する」と書いている(7)。

 『ブラスト』は、ロンドンの芸術家たちに衝撃を与えた。ルイスは有名になったが、一方で恐れられるようにもなった。また、パウンドが能についてのエッセイを寄稿していた『クォータリー・レビュー』の編集長は、能の原稿は例外としても、このような雑誌に関わりのある人間に誌面を提供するわけにはいかない、とパウンドに手紙で伝えてきた(8)。

 パウンドは一九三七年に、T・S・エリオットが編集する『クライテリオン』への寄稿で、ヴォーティシズムを回顧し、イギリスは一九〇八年に騒がしくなっており、一九一二年にはショウとウエルズはもはや「声」ではなくなり、アーノルド・ベネットは「不適格」になっていたが、(オメガ工房の)イギリス印象主義は「ソフト」でありすぎたとし、「イギリスは独善的で気取った国であったから、『ブラスト』は荒々しいとみなされた」と書いている(9)。

 『ブラスト』に参加した作家たちの作品は、のちには、この時代のイギリスの芸術を代表しているとみなされるようになった。

(写真は、"BLAST"の復刻版であるLewis, Wyndham(Ed.);Blast 1, Black Sparrow Press,1992).



 一九一四年七月、エイミ・ロウエルは、再びロンドンを訪れた。彼女は、「新しい恋人」である女優を連れ、制服を着た運転手付きの自動車をアメリカから持ってきた (10)。パウンドは、富裕な彼女が、新しい雑誌のパトロンになることを望んでいたが、自らが中心になって二冊目のイマジストのアンソロジーを出版することを予定していた彼女はそれを拒んだ。

 ちょうど『ブラスト』が発刊された時期であり、彼女は発刊を祝うディナー・パーティーに招かれたが、パウンドをはじめとするヴォーティシストたちは新しい芸術活動に資金を提供しようとしない彼女に好意を持たず、彼女の同性愛を茶化したりもしたという。その二日後、彼女は自分主催の「イマジスト・ディナー」にパウンド夫妻、アルディントン、H.D.、アップワード、フリント、フォードらを招き、イマジズムに関する新しい考えを知ろうとしたが、だれもが真剣に議論しようとしなかった。

 パウンドらに侮辱されたロウエルは、ホテルの部屋での夕食会に、H.D.、アルディントン、D・H・ローレンスらを招き、どうにか二冊目のイマジストのアンソロジーの趣意書をまとめた(11)。ロウエルは、その趣意書をパウンド、フリント、フォードらに送り、了承を得ようとしたが、パウンドはイマジストの名前を使うことに反対し、「自由詩---イマジスト、自由詩、詩の現代的な運動のアンソロジー」とするように提案した。しかし、ロウエルは「イマジスト」にこだわり、九月にアメリカへ帰るとボストンの有名な出版社ホートン・ミフリンとの契約をまとめ、『イマジストの何人かの詩人たち』のタイトルで一九一五年にアンソロジーを刊行した。そして、一九一六年、一九一七年にも続刊を刊行した。

 アンソロジーの序文を書くうえで、ロウエルはパウンドのイマジズムの考え方をほとんどそのまま踏襲した。しかし、編集に当たってその考えを厳しく適用したわけではなく、それぞれの作者にスペースを与え、作者の姓名のアルファベット順によって詩を並べるという「民主主義的」な方法で編集した。そのような編集によって「イメージ」を視覚的な意味でのみとらえてしまい、イマジズムの意味をあいまいにしてしまったという批判もされた。(12)

 イマジストをアメリカの現代詩を代表するグループに発展させていったロウエルの功績は大きいとされているが、エリオットは一九四六年に書いたエッセイで「アメリカの詩をアメリカの公衆に示すうえで彼女のなした仕事は、より低いレベルのものだった」(13)と評している。また、彼女の編集したアンソロジーに寄稿したローレンスは、「彼女は、なすことのすべてにおいて良きアマチュアであった」と評した(14)。

引用文献

1) Carpenter, Humphrey : A Serious Character--The Life of Ezra Pound, Houghton Mifflin Company,1988.p.247.
2) パウンド、エズラ:エズラ・パウンド詩集(新倉俊一訳)、角川書店、一九七六年。p.369. ; Pound、Ezra:Ezra Pound and the Visual Arts(Ed.by Harriet Zinnes), New directions, 1980. p.207.
3) Tryphonopoulos, Demetres P.:The Celestial Tradition, A Study of Ezra Pound's The Cantos, Wilfrid Laurier University Press, 1992. p.75-78.
4) Materer, Timothy, : Modernist Alchemy, Poetry and Occult, Cornell Universiry Press, 1995.p.34-38.
5) Lewis, Wyndham(Ed.);Blast 1, Black Sparrow Press,1992. p.7-8.
6) Meyers, Jeffrey: The Enemy, A Biography of Wyndham Lewis, Routledge & Kegan Paul, 1980. p.62.
7) エズラ・パウンド詩集(新倉訳)、p.366. ; Ezra Pound and the Visual Arts p.206.
8) Stock, Noel : The Life of Ezra Pound(An expanded edition), North Point Press,1982.p.162.
9) Pound, Ezra : Selected Prose 1909-1965,ed.by William Cookson, Faber and Faber, 1973. p.423.
10) Carpenter, op .cit.,p.252.
11) ibid., p.253.
12) Jones, Peter(Introduction and ed.):Imagism Poetry, Penguin Books,1972. p.23-24.
13) Russell, Peter(ed.) : Ezra Pound, A collection of essays edited by Peter Russell to be presented to Ezra Pound on his sixty-fifth birthday, Peter Nevill, 1950.p.29.
14) Jones, op .cit.,p.170.


 この章では、パウンドの伝記的記述は、Stock, Noel : The Life of Ezra Pound (An expanded edition), North Point Press, 1982.とCarpenter, Humphrey : A Serious Character, The Life of Ezra Pound, Houghton Mifflin Company, 1988. を基本にした。また、ウィンダム・ルイスの伝記的記述は、 Meyers, Jeffrey: The Enemy, A Biography of Wyndham Lewis, Routledge & Kegan Paul, 1980.によった。
 ヴォーティシズムの芸術史的な面からの考察は、三宅昭良:ブリティッシュ・アヴァンギャルド―未来主義とヴォーティシズム、モダニズム研究(モダニズム研究会編)、思潮社、1994.p.412-438.で詳細になされている。


エズラ・パウンド関連サイト
http://www.lit.kobe-u.ac.jp/~hishika/pound.htm: Ezra Pound (神戸大学文学部教授・菱川英一氏による英文サイト。パウンドの肖像写真、主要文献、年譜、関連サイトへのリンクなどが掲載されています。主要英米詩人についての情報を得るための同氏作成サイトにリンクしています。)


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