The Fontana Postmodernism Reader
Edited by Walter Truett Anderson
Fontana Press, 1996
(Originally published in the USA by Jeremy Tarcher/Putnam Books, 1995.)
本書からは、強い政治的主張が伝わってくる。個人の世界観の問題から政治的な問題まで広くカバーしているが、根底には強い政治的な主張があると感じられるのである。
エーコ、ボードリヤール、フーコー、デリダから政治学者シュレジンジャーまで、多彩な思想家のエッセイを集めているが、それらを通して読むと、多元主義(pluralism)こそ、ポストモダニズムの最も大きな軸であるとする編集者の考え方がうかがえてくる。
この多元主義は、ポストモダンの時代には、多元主義的に生きていくしかないのだという考え方である。多元性を保証するのは自由主義であり、自由主義が保証されてこそ、われわれは多元的に生きていくことができるという主張を本書は持っているように思われる。
多元的に生きていくということは、統一性を放棄することである。過去、人間は、宗教や封建主義によって支えられた統一性のもとで生きていた。モダニズムの時代にさえ、人々は統一性を求めていた。マルクス主義やファシズム、科学、あるいは唯美主義や新しい宗教への傾倒などに人々は統一性という夢を見ていた。本書は、ポストモダンの時代は、そうしたフィクショナルな幻想が崩壊した時代であるととらえている。
(FMTP No.1)
The Cambridge Companion to Ezra Pound
Edited by Ira B. Nadel
Cambridge University Press, 1999.
本書の編者、Nadelは、『Joyce
and the Jews』(1989)というジョイス研究書の著者である。ジョイスの人間像は、Richard
Ellmannが『James Joyce』で書き尽くしているかに見えるが、その後、ジョイスのユダヤ人への親近感、ユダヤ的なものと彼の作品とのかかわりなどの面から研究が行われ、とらえなおされようとしている。Nadelの上記著書は、そうしたrevisionistの立場に立っている。
ジョイスに対してそのようなアプローチをとった研究者が編者であるのを見て、本書がやはりrevisionistの色合いを強く持っているのではないかと予感する人は多いのだろう。
パウンドの研究は、作品を彼の政治的な信念などとは切り離して、「純粋」に文学的に読んでいこうとする立場と、彼の人間像も踏まえて読んでいこうとする立場の二つに分かれていたといえる。しかし、彼の作品が、政治思想まで含めた彼の人間像と密接な関連を持つことがわかってきた現在では、後者の立場が主流をなすようになっているようであり、本書も後者の立場に立っている。
モダニズムとのかかわり、初期の詩作品と『キャントウズ』についての研究の現状、アメリカ詩への影響、『キャントウズ』のテクストの成立過程、評論・翻訳作品についての研究、視覚的芸術や音楽とのかかわり、政治・経済思想、ジェンダー問題、反ユダヤ主義の検討などをテーマに、それぞれの専門家が、新しい知識を踏まえて興味深い論を展開しており、パウンド研究の新しいアプローチを知ることができる。
特に強い印象を受けたのは、Beyond The Cantos : Pound and American poetry
(Nicholls), The texts of the Cantos (Taylor), Pound and the visual arts
(Dasenbrock) の3篇である。
Nichollsの論文は、ideogrammic methodという新しい文学的技法が、技法としてのニュートラルな性格をもちながらアメリカ詩に大きなインパクトを与えたことを論証している。また、Taylorの論文は、パウンドと出版社関係者との間で交わされた書簡などに基づいて『キャントウズ』のテクストの成立過程を検討し、テクストが印刷技術、出版社の経済的事情などの制約を受けながら成立するものであることを明らかにしている。
文学史という面から重要と思われるのはDasenbrockの論文である。パウンドが受けた未来派からの影響は、これまで過小評価されていたという見方を示しており、強い説得力が感じられる。
(表紙はウィンダム・ルイスの絵画作品「オヴィディウスを読む」(1920-21)をデザイン化している)
(FMTP No.3)
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