よく眠れなかった。モーリタニアから来たという中国人のおじさんが荷物をいじる音、マリアのいびき、たぶん昨日の歩きすぎもある。頭痛で目が覚める。最悪のラストデイだ。雨の中をゆっくりと歩く。マリアは私と一緒にサンティアゴに入りたいからとゆっくり歩いてくれる。最後の力をふりしぼるようにして雨の中を一歩一歩ゆく。
着いた、サンティアゴだ。すごくうれしい! ほんとうにうれしい!!!
カテドラルに行く前に巡礼事務所に登録をしなければ。メアリーがもう済ませていて、私を人ごみの中で見つけ到着の喜びの抱擁をし、二階へ行くのよ、と教えてくれた。終了証をもらう。達成感とお祭り気分の軽い興奮状態、会う人全てと喜びをわかちあう。
マリアはアルベルゲを探すと言ってるが 私は巡礼が済んでまで大部屋なんかもううんざりなのでホテルかペンシオンにしようと思ったが安いところは簡単には見つからなかった。しかし高いところも満杯だったりでともかく観光地なのだ、ここは。安いが少し中心部から離れた屋根裏部屋のホテルに決めてからだったので、カテドラルの12時のミサにはぎりぎりになってしまった。
五百人程は入るだろうか、十字型の聖堂で真ん中が祭壇。満席。立っている人も沢山いる。私はどんどん中を歩いて座れる場を探したがない。結局前の方の石柱の台に割り込んで座った。スペイン軍隊の音楽隊が目の前に入っている。三人の司祭によるミサが始まる。司祭が今日到着した巡礼者を読み上げてくれる。マドリッドからの4人とか、ドイツからのふたりとかそれぞれを。耳を凝らして注意をしていた。そして聞こえた。una japonesa(ウナ ハポネサ)、「一人の日本女性」だ。なんとうれしかったこと。このミサは私達のための、巡礼者のための、私自身のためのミサなのだ。大きな香炉がグーン、グーンと揺れて目の前にくる。
マリアがこの人ごみの中すぐ後ろに座っていたらしい。何故この人と出会うのだろうか、と思う。マリアも待ち合わせた人とは出会えずに、どういうわけか私と出会う、と言った。
ミサの後、聖ヤコブのお墓を巡り、聖堂の中をマリアと歩く。外に出てチラシをもらったレストランに行く。長い道中初めて布製の白いテーブルクロスのかかった食卓だ。ここは都会だ。
マリアとは食後の散歩で彼女の父親への憎しみ、と云うトラウマの話になった。私は親子関係を客観視するために、日本には「内観」と云うものがある、ヨーロッパでも広まっているはずだ、と説明をした。これかな?マリアとのいろいろな会話のとどめは?
明日の再会をはっきりとは約束せずに分かれる。明日は彼女の誕生日だという。海の方へ行きたいらしい。巡礼者の最後の余韻の巡礼と云うか、大西洋に面したフィニステレーロへ。一日の行程だ。海を見たいと思ってはいた。しかしそれだけだったら、もういいかも、気が乗らなくなっている。昔ジブラルタルから大西洋側に入ったところの海と浜と山の荒々しい風景、そこに娘を後ろに置き去りにして、水際まで憑かれたように歩いていた私、あの海の大きさ美しさに比する物はもう何処にもないはずだ。
ホテルもかなりひどく何日もいる気はしない。バルセロナのドロちゃんに電話を入れた。明日出発すると。ドロちゃんの次はドイツの和美さん、そしてスイスのウルスラの家、ウルスラのところで休養をする、と予定している。一ヶ月の友人訪問の旅にさあ出よう。
もうカミーノは終わりだ。本当の巡礼は日常生活のなかでこれから始まるのだ。
愛する三人の息子達へそれぞれ 「サンティアゴへ着いた」 のはがきを書いた。
サンティアゴで買うべき物を買うため街へ出る、小さな街だから本屋も数軒だし目星はつけてあったのでカミーノの写真集と、ケルトの象徴に関する本を求める、お土産品と一緒に日本へ送るため郵便局へ直行。 そして 14時発、バルセロナ行きのバスに乗った。
アディオス、カミーノ!