又来た。頭痛と吐き気、胸苦しさ。 50m程歩いたが無理なので戻った。ゲルトルートとその夫が歩いてくるのに出会う。彼らも迷っていたらしい、ゲルの腰が痛むのでどうしようかと。皆でタクシーを使うことにした。
ペデゥロウゾは国道沿いの町。ペンシオンコンパスを私は選ぶ。風呂に入り一人で寝るため。睡眠不足かな?大部屋では深い眠りが難しい。お風呂と一眠りでサッパリして絵葉書を出しに外へ出る。ゲルの夫にばったり出会う。笑顔の君に会えてうれしい、と。いい人だ。ゲルの腰はこの町の医者に見てもらったら、ほとんど触らずに手の力、気の力で治ったと。こんなスペインの片田舎に気功の先生がいるのか!?とびっくり。
ペンシオンでのんびりして鏡を覗いたら、とてもアジア風の顔がそこにあった。おかしい、この言い方。50日もたつせいか。目が変わっていた。これなら好きになれる。今までの私の目は何年も好きになれなかったのだ。
ここでは人はひどく単純になる。歩くという行為を重ねることで余計な物がそき落とされてゆく。
ゆっくり歩いて着く所まででいい、と思っていたが結局サンティアゴの3km手前の ”大聖堂のみえる喜びの丘”モンテ・デ・ゴゾまできてしまった。あの魔法使いのようなオランダ人のマリアと一緒にお昼を食べたり歩いたりしてきた。ミカエルには置き去りにされたようだ。私のミカエル、と大好きだったみたいなのに。マリアは障害児の教育をしてきた人なので共通する問題意識が沢山あり話がつきない。英語でなくドイツ語で話せることが分かり途中から楽になった。オランダ人の外国語能力はすごいと感じる。きちんと教育をされてきていたかららしい。しかし今のオランダの学校教育はどこかの国と同じで子供達に甘くなりもういくつもの外国語を教えなくなったと。
800人収容できるアルベルゲは一つの町のように丘の斜面に作られている建物群だ。設備は整っているがそっけない場だ。ここが気に入ってサンティアゴに着いた後戻って宿を取る人達もいるとか。人様々だ。
マリアと8人部屋に入る。もう一人のメアリーと発音するアメリカから来た韓国人はすごく元気。60歳とは思えぬ。ちょっと部屋でふたりきりになった時そのメアリーが私のところに来て、「こんなにつらいこと、何故やっているんだかわからなくなる…」と彼女のつらさをしばらく話す。彼女は体力があるから一日30kmぐらい平気らしいのだが、やはりぎりぎり無理をしていたみたい。「あなたは何故このカミーノをやったの?」と聞く。
私はもう何度も答えたことだし自分の中ではだんだん明らかになってきているのでさらっと 「神のこと、娘と夫のこと…」娘の話になったとたん彼女は大声で泣き始めた。「何故なの、何故私はこういう人と出会うの?」と。今まで出合って話しをした人が、家族を自死で失った人ばかりだ!と。
彼女も子供の時に父親を自死で失っている。わけが分からなくて父を憎んでいた、と。
彼女が森の中で野宿をしなければならなかった時、やはり夜中に歩いてきた、そのドイツの男の人は彼が18歳の時に父親が自死をしたと。その細かい部分を朝まで語り続けたと。鉄道の線路に身体を横たえ…しかし十日ほど生死の境にあり、息子はどうしても生きていて欲しいと願ったがだめだったと。今は医者になっている彼。精神を病んでしまった母親。
「あなたは今まであなたの父親の死について考えたことはあるのか?」と聞くと「ない」と云う答え。「考えるのよ、正面きって考えるのよ、そうしろとカミーノが教えてくれているでしょ」と私は言う。私達は涙ながらに抱き合って、がんがん言って、その塊を少し消化したと思う。これがカミーノなんだと思う。