予定より8km少ないところで切り上げた。これ以上は無理だった。ポルトマリーンという湖のような広い河のほとりにある高台の美しい町。アルベルゲの窓からの眺めも河が見えるし、三人部屋で専用トイレ、シャワーが付いて言うことなし。小学生の団体と一緒になったが先生が付いているせいかうるささは感じなかった。
街はかなり大きくスーパーマーケットがあった。大好物のチーズとパン。プラス、チョリソー、バナナ、りんご、オレンジジュースを買い天気がいいので河を眺めながら食べたくて公園に行った。ベンチには既に一人の巡礼者がいた。声をかけて一緒に食事をすることにした。オーストラリアからきたクルウェーという珍しい名前の人。もっと年かと思っていたら私と一緒。バルセロナから来たという若いローザも加わって三人同じようにボッカディーリョを食べる。
道について、ヤコブ神話について話していたのだけれど、次第に神についての彼の質問は、「おっと、なんと答えるのだろう私は」と思うほど試されていると感じた。「この道で神は君に何か教えてくれたか?」こんな風に答えていいのだろうか、とどこかで思いながら外国語のせいで直接的に言わざるを得ない私。「この道で神様が私に教えてくれたことは…期待したような奇跡の形ではなく日常生活の小さな積み重ねの中でこんなに出会っているだろう…と云うことでした」と答えていた私。
「神が私を愛しているということ、それは知っていた。でも私はその愛にこたえようとはしていなかった」「どうしてそう思うの?」「わからない」「それは君がパーフェクトとドラマを望んでいたからではないの?自分に満足していないからでは?」
娘の自死については、彼は涙を流しながら「どうして?どんな風に?何処で?」「名前は?」と次から次へと問うてくる。「青遊のために君は何ができるか?」私は既にその答えを知っていた、「あゆうに良く似た娘達、息子達が私の前に現れる。彼らを愛すること、それだけ」
「君のために祈ろう、といって彼はローザとふたりで私を挟んで座り、肩に手を回し、残りの手はつなぎあって、「天の神様、ノブヨをお許しください」と祈り始めた。
「君はジェントルなスピリットを持っているね、話してくれてとても良かった、ありがとう」といって彼は歩き始め、去っていった。
雨が降りそうで降らなかった。16kmも歩けた。
何かが抜けたようだ。 つき物が落ちた、と云う感じか。路端の白い小さな花、勿忘草のようなブルーの花、エリカのようなピンクの花、石の上に咲く紫の花、潅木の黄色い花盛り、草の緑の、様々な木の葉の緑の美しさ・・・・立ち止まり見上げると 森の中の大木が枝を大きく広げ蔦の葉が絡まり絵巻模様をなしている。
なんという美しさ、なんと言う喜び、私の中に喜びがある。世界が変わってしまった。
欲しかったのはこれなんだ!
若い巡礼の女の子が追い抜きざまに『あなたはこの道で何を思うか?」『そんなに簡単には答えられないけど」といったら「道がすきか?」と云うから 「好きよ」「ハッピーか?」と聞くから 「とてもハッピーよ」と答える。「それが大切だよね」と足早に行った。
私と一緒に写真を取らせてくれ、といってきたドイツ人のおじさん。ソンブレロが珍しいのかしら。
ミカエルという名の若い大柄なスペイン人が私のズボンを褒めてくれた。魔法使いのような感じのオランダ人の女の人と一緒に歩いているらしい。三人で一緒にバールで休憩をした。私はホットミルクにした。マリアというそのオランダ人もコーヒーはもう飲みすぎだわ、ホットミルクはいい考えだ、と真似した。
リゴンデという山の中の小さな村は今日がお祭りだという。やな予感がしたがもう歩けない。ぎりぎりでベッドが無くなり予備の部屋を用意してくれた。障害者用の個室だ。ラッキー!私の後に来た人たちは皆”満員”といわれ断られていた。しかし夕方になって一人の若者が私の個室に入ってくるではないか(ベッドは二段にすればもう一人眠れるのだ)彼は30km以上歩いてきてくたくたで屋根の下なら何処でもいいから、と頼み込んだそうだ。ああ残念、私の個室の幸せが…
彼、イムレに食事に誘われ一緒に行った。目のきれいなハンガリーの若者とのデート、と云うことで、個室がパーになったことは許すことにした。彼もスポーツとして、自分の可能性を試す、自分を見つめる、外国を見たいといういろいろな理由で歩きにきたと。ハンガリーは貧しい国だから大変なんだと。
案の定夜の十時半にお祭りがスタートした。打ち上げ花火と大アンプの音楽、それも又すぐ隣の広場。スペイン人と云うのはまったく…