ベルシアノス 16.5km 元司教館とかいう建物。ハンガリー人のお姉さんがホスピタレーラ。つなぎのジーンズとか愛想の良さとかが違和感に満ちている。もう一人いる親父も一見知的な感じをさせるが事務所に出入りのたびに鍵をかけてるむっつり野郎で気に食わない。この家は見かけだけで設備は最低だ。同宿の巡礼者も今日はみな気に食わない。何もかもくそ食らえだ。長い午後の無為の倦怠感にとらわれる。
みなで一斉に取る食事の前に歌を歌わされた(ハンガリーのあのお姉さんが自分の歌を最後に聞かせたいがためかと後で勘ぐる)スペイン、フランスの次ぐらいにハポンだって!『夕焼け小焼け』を風邪でかすれた声で歌った。途中で歌詞があやふやになったけど、誰も日本語が分からないから適当に終わらせた。でもステキな歌だと後で褒めてくれた人がふたりいた。少しの救い。
歩き始めてからぽつぽつ雨が降り始めた。風邪らしいがのどだけやられている。雨脚が強くなったのでちょうど着いた町でバスに乗ろうかと思ったが、バスは一日に一本でもう行ってしまった後だった。バールに後二人タクシーに乗りたい人がいたので一緒に頼むことにした。 13kmタクシーで後の14kmを歩いてマンシーリャ・デ・ムラスまで。
疲労と倦怠に満ちた今、私が行き着きたい先はサンティアゴでもウルスラの家でもなく金沢文庫の私の家だ。
マンシーリャの宿はシャワーもひどいしベッドもひどいし部屋もぎゅうぎゅうだけど、ウルフという名のおじいちゃんドイツ人が宿主ですごく優しくてニコニコしていていい人だってすぐ分かって、全てが許せる。窓辺を飾ってある花鉢がひとつひとつ丁寧に挿し木でふやしたようで切なくてかわいい。人ゆえに人は和むのだろう。人が場の命だ。後で分かったがこのウルフは名物おじさんで困ったことがあったら相談するように、と案内書に書いてあった。
ドイツ人の若いのがシュタイナーの自然農法でワインを作っている、と言う。パーマカルチャーの話とか神様の話とかいろいろ彼と話した。あんたは日本では有名人か?だって。 (農業のせいで人に慣れてないみたい!) 風邪がひどくなっている。優しそうなチェコの女の人が風邪薬をくれた。何の疑いもなく信頼して薬を飲む。運命共同体だ。