寒い山道。オルテガのカフェで一休み。セーターを引っ張り出して着る。ニュージーランドから来ているという女の人とおしゃべりする。彼女はファッションもかなり個性的、手仕事が好きなんだろう。この後スイスの友達のところへ寄り最後はスコットランドのお母さんを訪ねる、と言っていた。やはり遠路はるばる来るんだもの、会える人には会っておかねば、という気持ちは同じね。歳もおなじぐらいみたい。
足が痛むので13km歩いてアヘスというところでもう今日は止める。
疲れも溜まる頃なのだろうか。反対にすっかり場なれして気分はどんどん楽になっている。気を張らなくなっているから身体がやっと悲鳴をあげているのだろうか。
沢山の人たちにいろいろ故障が出始めているようだ。
足首の痛みの原因がわからない。靴のせい?出かける前に散々試して選んだ挙句のものなのに。
アヘスの村の中、おしゃれなカフェがあったので入ってみる。スペイン語とドイツ語のぺらぺらなおじさんがやっている。
スペイン人かドイツ人か分からなかったので「お国は?」と聞いたら「そのような直接的な質問はするな、ご挨拶代わりや好奇心で聞いても2分後には忘れているのだから」との返事。
「私は忘れません。好奇心はきっかけではないの?」と食い下がる私。「いや単なる好奇心はマイナスだ。興味ならいい。あなたはどこの国の人とは聞くけど、あなたはだあれ?とは誰も聞かない。
誰だって一番関心を持っているのは自分のことなのさ。
35年間カミーノを歩き、ここで店をやってきた。何千キロとフランスやドイツから沢山の人と歩いてきた、沢山の人と出合った。しかし誰一人として記憶に残らぬ。本当に知りたい人のことは時間をかけて知るべきだ。行きずりの好奇心に答える気はない。
一日中おしゃべりをしている人たちがいるけど何を話しているか知ってるか?人は話をするより聞くことを学んだほうがいい。ダイレクトにものを聞くものではない。
「少しずるく聞けばいいのかしら」「いや、たくさんずるくだ。日本にはそういう哲学があるだろう?」「・・・う、うん、あるよ。ヨーロッパの哲学とは違うのが。でも今それらはお互いに近づいて 重層的になり理解を深められる時代を迎えていると思うんだけど」「うん、そう思う。そして今はカミーノの時代だよ・・・」
分かれ際に「忘れるな」だって。何を??
ノブヨはだあれ?答えられるだろうか。
ノブヨは今かなり積極的に「個」であると感じる。それにこのカミーノでは何処の国の人でも、どんな人でも、お互い巡礼者として出会うときはまったく何の仮面もいらない!これ すごい発見!
カミーノでは 皆同じ方向を向いて歩いている。自分のペースで、自分の限界まで ただ歩いているだけ。
カミーノのもう半分はアルベルゲの生活なのだ。二段ベッドの、男女混合の、いろんな文化ごちゃごちゃサラダの、キャンプ生活さながらの不便さを、しかも毎日違うところで違う人たちと共にする。
見知らぬ者同士でも巡礼者であることは一目で分かるしもう既に仲間としての意識ができているようだ。