16.5kmでナへラまで。一日の大半は自然の中や畑の中を歩いているのだけれど、まったく人と出会わない時がある。ただひたすら下を向いて一足一足に気を配っている。聞こえるのはカッコーの声だけ。
この道は生活道路と隔離されているようだ。出会うのはほとんど巡礼者のみ。守られている道。町に入っても人気のないのが不思議。日差しが強いとカミユを思い出す。
橋をわたり古い町の中心部に入る。水の美しい河畔はゆったりとし大きな木に風がそよぎカフェのパラソルも映画のシーンかと思えるほど瀟洒。ここには人がいた。今日は町の祭りらしい。子供たちが色とりどりのピエロのようなコスチュームを着ている。
公の宿は3時まで待たねばならなかったので、町の中の小さな宿にしたがこれは失敗だった。ドアを開けてすぐの場にベッドが四つ。トイレもシャワーも一つきり、隣の部屋にあるだけ。おまけにあのヨハンが今度は私の下の段。
河べりのカフェに行ってトルティーヤとカフェコンレチェ。パラソルの下でボーっとしてたら、向こうからきれいな女の子が来る、と思ったのがソン君だった。もう少し先に行こうと思ったがここがきれいなのでここにする、といってた。靴はまだみつからないらしい。
あまり長く座ってもいられないしお日様のせいでくったりしたので河のほとりの草むらで休む。河の中洲に水草がゆれ流れは速い。向こう岸にはキャラバンやテントが見える。草のにおいをかぎながら横になる。アリが私の上をあるいている。
散歩をした。扉が開いていたので入ってみたら修道院だった。中で隣の教会につながっていた。中庭のある回廊は写真でみた覚えがある。教会の奥のほうに墓があり一番奥にマリア像が飾ってあった。寺もそうだが教会も死と隣り合わせの場なのだ。掃除をしていた赤シャツとジーパンのお兄さんにミサの時間を聞いた。8時だ。入る入り口も教えてくれた。
夕食は宿のオーナーのレストランで同部屋の仲間ととる。エリカ、クリスティーヌの二人連れは”私たちは優雅な巡礼をする、無理をしない”と盛んに言う。持ってきた荷物が重すぎたので、パンプローナでリュックを買い換えて、いらない物を自宅に送ったと。私は幸せな人生を送っているから、と強調もする。ヨハンは皆を一応しゃべらせてから自分で話し出したが、止まらない。今日一日何をした、どこに行った、グローバル化した地球の話までえんえんと続く。やっと終わりにして、私はミサに行く。あのジーパンのお兄さんが司祭だった。
祭りは昼間だけでなく夜が本番だった。夜中の3時まで近くの広場で特大のアンプ6個と花火の打ち上げが続いた。花火の振動と、壊れた機械のような音楽の大音響とヨハンのいびきとで絶望的という夜中にクリスティーヌは笑い出していた。