街の中を歩く時に、 普通に生活をしている人々、労働をしている人々に出会う。歩いている我々がのんきに見えるのだろうな、と感じるようになった。最初は巡礼者である自分を特別視して欲しいような甘えがあったし、沢山のスペイン人が我々巡礼者を大切にしてくれてるのがうれしくて、それを当たり前のように思っていた。
日常生活というのは同じようにカミーノである、と思う。つらい歩みを続け、休み、また歩き、何が待っているか分からないままに最終地点まで歩き続けるのは日常生活もカミーノも変わらない。
ロス・アルコスの教会前の広場で又皆に会う。フランス語の三人組、ミュンヘンからの夫婦、オーストリーのイリス、二人の気楽娘、ウルムからの若者たち。ベンチで休んでいる。ヤー、と挨拶を交わし私は先へ。
街から出ると嘘だろうというくらい美しい景色の中にいた。春の野と山。黄色い花の潅木は何だろう、ピンクはエリカようだけど・・・まさに花盛り。
20kmでトレス・デ・リオに着いた。丘の上にある御伽噺に出てくるような村。
小さなほうの巡礼宿を選ぶ。顔なじみが多いい。
新しいカナダ人が隣のベッドだ。オーラという。ここは英語を話す人が少ないと彼女は言うが、しかし英語を母国語としている人たちの多言語に対する怠惰は何か失礼な感じがある。彼女とテラスに出る。ヨーロッパ人は日光浴をしたがるが、我々は日陰を探した。「歩くのがつらい、ジャンクフードが食べたくなってしまう、なんだか泣きたくなることが多いの」という。 私は 「ここには泣くために来たのよ」 と返事する。
洗濯をしに下に降りていったら、新顔のドイツの小柄なおじさんが目をまっすぐに見つめながら「あなたはなぜこのカミーノを歩いているのか?」と単純に聞いてきた。アジア人なのに不思議だと思えるらしい。アジア人も君たちヨーロッパ人と同じような心と思考過程を持っているということを納得してもらった。舗装道路のほうが歩きやすいからと、本来のカミーノではなく車道を歩いているらしい。
こんな田舎なのに、横長の美しい写真の絵葉書が売られていた。カメラは重たい?!ので持たずに来たから絵葉書を買っておく。