楽園の泉

10年間続いた日経MIXの商用サービス中止。一つの時代が終わったと云う感じです。welcome.ccの、サクラのオフライン、鎌倉写真撮影会、名古屋のデザイン博にご招待いただき、慈子議長のお顔をデザインしたクッキーをいただいたことも、懐かしく思い出されます。その当時の想い出に、わたしがUPしたスリランカの旅行記を転載させていただきます。

現在も、スリランカのお嬢さん2人と文通しています。

伯父さんのお店を手伝いながら大学の聴講生をしているカルヤニちゃん

日本語をもっと勉強したいと云っている中学生のドゥリーニちゃん

いつか、彼女たちのメッセージもUPしていきたいと思っています。

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welcome.cc/main 9595番, obara から, 1197 文字, Sat Jul 14 08:51:37 1990
このメッセージへのコメントがあります。
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標題: お久しぶりです。
慈子議長
welcome.ccのみなさま

 こんにちは!お久しぶりです。
 ちょっと、足が遠のくと、なかなか、敷居が高くなってしまって・・・。
前の様に、復帰できるか心配なのですが、また、ちょっと遊びにきますので、

 よ・ろ・し・く

 welcome.ccもご無沙汰している間にいろいろなことがあったのでしょうね、
そういえば、八戸先生は副議長をやめられたとか、びっくりするやら、
残念やら、ぜんぜんご挨拶もせず、失礼してしまって・・・。
八戸先生、長い間、ありがとうございました。

 最近のニュースと言えば飯田さん家の文香ちゃんかな、
iidakunn++ お誕生おめでとうございます!

 わたしの方は、なんやかやと忙しくて(これしか言わない!?)、
見たいと思って録画した「銀河宇宙オデッセイ」も見られず、
わォー!、眠たいよ〜ん!
(でも、今日はパコパコやっております・・・。(^_^))

 オデッセイと言えば、「2001年宇宙の旅」を思いだしますが、
最近、その作者、アーサー・C・クラークのちょっと前の新作
「楽園の泉」を読みました。
さすがクラーク、久々読みましたが、その技量に舌を巻きますね。
そして、「楽園の泉」の舞台、彼が住んでいる地に、
わたしも思わぬ縁があったりして、世界って、広いようで狭いんだなって、

驚いているこの頃なんです・・・。    

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welcome.cc/main 9596番, obara から, 1296 文字, Sat Jul 14 08:53:05 1990
これは 9595 へのコメントです。
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 「楽園の泉」 その1

 家族の1人が部屋に入ってきてスッーと自分の席に着くように、ごく自然に、
アーサー・C・クラークがタプロバニーと呼んで愛した島の少女が、
静かにわたしの生活の中に入り込んできました。

 わが母が、カルヤンちゃんと呼ぶその少女は、インド半島の南東端に浮かぶ、
北海道よりやや小さい目の島国に住む中学生で、わたしたちは昨年から、
文通をしているのです。

 タプロバニーでは(先日の新聞−日経6/21−にも載っていましたので、
記憶にある方も多いと思いますが)、北部ジャフナの武力衝突で千人もの死者が
でたということです。平和な国、日本に住む者としては、実感の無い恐怖や不安
が何ともやり切れない限りです。

 危険なのは、北部だけ、幸い、彼女の家は南西部アイピテアにありますので、
彼女や、彼女の家族に危険はないようなのですが、昨年は、ゲリラに郵便局が
焼き討ちされたこともあって、当初の手紙のやりとりは、彼女を紹介してくれた
CPI教育文化交流推進委員会経由で、往復何ヵ月もかかるという気の長いもの
でした。

 が、ここにきて、ようやくお互いにダイレクトに手紙のやりとりが
できるようになり、先日も、
「わたしは、特に英語の勉強に興味を持っています。
来年はOL(日本の高校にあたる)の試験があるので、頑張ってます。」
という手紙が届き、豊かな自然の中で暮らしている、純真な次の世代の
お嬢さんとの文通の脈が通いはじめたのです。


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welcome.cc/main 9597番, obara から, 1011 文字, Sat Jul 14 08:54:27 1990
これは 9596 へのコメントです。
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 「楽園の泉」 その2

 タプロバニーの少女をわたしに紹介してくれたCPI教育文化交流推進委員会
は、民間の教育里親制度を行っている団体です。

 わたしがこの制度の中で、気に入ったところは、制度に登録すると、特定の
子どもさんを紹介してくれて、文通することが義務付けられているからです。
援助(年間で、PC/WP通信のヘビーユーザーの一月分通信費にも満たない額
ですが)というよりは、海外に次の世代の友達を持つことができる。
そんな気持ちではじめた文通なのです。

 welcome.ccでも、話題になっているようですが、環境問題から考えても、
特に開発途上国の子どもたちの方が、日本の子どもたちより、将来、
国の発展と地球環境の狭間で、より大きな試練の選択を迫られるのではないか
と思うのです。

 まだ、小さな生活圏の中で暮らしている彼女ですが、
将来は、わたしより広い世界を見、わたしより遠い未来を見ることになる
彼女との付き合いを大切にしていきたいものです。     

PS CPIに関心のおありになる方は、直接お問い合わせください。
TEL.0422−49−3808

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welcome.cc/main 9603番, obara から, 2090 文字, Sun Jul 15 10:46:49 1990
これは 9597 へのコメントです。
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 「楽園の泉」 その3

 彼女は日本語を、わたしはシンハラ語を知りませんので、
わたしたちの文通は、もっぱら、英語で行いますが、
わたしは英語がからきしダメ。
「初めての英語文通」とか「やさしい英文手紙の書き方」と云う数冊の
英語文通マニュアル、和英、英和の辞書と首っ引き、ねじりハチマキで、
手紙を書きます。わたしにとってこれはもう、大変な作業なのでありますが
苦労の末、書き上げた手紙でも、やはり、英語はメタメタです。

 好きな学科が英語と仏教という彼女の文通相手失格!にならないように、
わたしはこの歳になって、英語教室に通うになりました。

 まず、日本語で手紙を書いて、時間のある時は自分で翻訳し、先生に校正、
リライトしてもらいます。時間のない時は、翻訳まで先生に頼んでしまう
図々しい生徒であります。

 これまで日本に滞在していたタプロバニー側の代表のスマンガラ師が帰国され
るというので、手紙を言付けようと、その前日、英語教室で、急ぎ翻訳を頼んだ
時のことでした。

 翻訳を頼む時は、日本語の達者なリックという若いアメリカ人の先生が
担当してくれます。「これはどういう意味?」と走り書きしたわたしの
日本語の間違いまで指摘しながら、リックは行間まで汲んで訳し終えると、
わたしの手紙は終わっているのに、続けて、英文を書き足しました。

 My teacher told me that if you have any questions,
you may write them in a letter to me, and he will answer them.

彼女の英語の勉強についてのわたしの文に続けて書いてくれたのです。
そして、
「彼女に、ネイティブの教師がいるのかどうかわからないけれど、
もし、何か質問があったら、答えるから」
と申し出てくれるのです。わたしは、何だかとってもうれしくなって、
思わず、持っていた彼女の手紙を見せると、リックは
「とても、オネスティな手紙で、感動した。英語もうまいし」
と云って、自分でも彼女宛の手紙を書いてくれました。

 わたしの方はといえば、まさか、若いアメリカ人が、こう云った形の援助の
申し出をしてくれるなんて、夢にも思っておりませんでした。
そして、押しつけがましくもなく、ごく自然でしたので、
この申し出自体に、たいそう感動してしまったわけです。

 ちょっとしたきっかけに、素直に応じられるリックを通して、
わたしは、これまで知らなかったアメリカの豊かさを見せつけられたような
気がしました。

      

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welcome.cc/main 9604番, obara から, 1564 文字, Sun Jul 15 10:47:50 1990
これは 9603 へのコメントです。
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 「楽園の泉」 その4

 スマンガラさんの話をしましょう。

 わたしたちは、スマンガラさん、スマンガラさんと呼んで、
親しくさせてもらっている、ウダガマ・スマンガラ師はお国へ帰れば、
偉いお坊さまで、スマンガラさんの大ファン、わたしと同い年の会員
新里順子さんの話では、特に子どもたちには厳しい方なのだそうです。
一年中暑い、タプロバニーでは、厳しくしないと、子どもたちがだれて
しまうからと、スマンガラさんは仰っているそうです。

(ところで、日本のように冷暖房完備、快適な生活空間の中ではおのずと
厳しい人は減るのかな・・・?(^_^;))

奨学金支給式のビデオを見ると、確かにスマンガラさんのお声はとても力強く、
大きな抱擁力と指導力を感じさせます。

 でもこちらでは、いつもニコニコ、ちょっとはにかんだような笑い顔が
印象に強いスマンガラさん、1978年に文部省の国費留学生として
来日されて以来、その人柄、行動力、流暢な日本語で、北は北海道から
(なんと、北海道では、黄色いセーターに黄色いお坊さまの衣を着て
スキーをされたそうです)南は九州まで、全国津々浦々に
スマンガラファンがいて、旅の宿に事欠かないそうです。

そのスマンガラさんの日本の感想を1つ。
スマンガラさんはゲームセンターの「もぐら叩き」を見て
「優しいはずの日本人がどうしてこんな残酷なゲームをやるのだろう」
と、とても残念に思ったのだそうです。
「別に、本物のもぐらを虐めるわけでもないのに、単なる遊びなんだから」
といってしまえば、それまでですが、たとえ、自分が痛みを感じなくても
「もぐら叩き」に痛みを感じる人がいるということは気づいていなければ
いけないような気がしました。
これは、もちろん「もぐら叩き」に限ったことではありませんが。

         

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welcome.cc/main 9609番, obara から, 1326 文字, Mon Jul 16 00:10:36 1990
これは 9604 へのコメントです。
この他にも 9604 番へのコメントがあります。
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 「楽園の泉」 その5

 PC/WP通信でも、たくさんのお友達ができましたが、
CPIに係わったことでも、いろいろな人と知り合うことができました。
人だけ見ていても、何だか万華鏡を見ているようなこの頃です。

 CPIのメンバーの年齢層はPC/WP通信のそれより若干上目ですが、
神奈川県の交流会の幹事の新里順子さんはわたしと同い年、メンバーの中では
若い方です。お話するとコミュニケーションを大切にされる心のしっかりした
方で、知り合ってまだ日が浅いのに、旧知のような気がします。

 CPIに出す書類には、文通相手は、男の子がよいか、女の子がよいか
希望を書く覧があります。同性の方が気心が知れるからと思いつつ、
こういことは、縁なのだから、どちらでもとする方がいいのだろうか?
と、わたしは変なところで、悩んだ記憶があります。
(文通が始まったら、何と記入したかケロッと忘れてしまっていますが)

「私ね、男女の希望、女の子にしたの」
と、新里さんは一つ一つ選ぶように言葉を切って話します。
「女の子は母親になるでしょう。
子供を育てるのは母親だから、母親がしっかりしていないとダメだと思うの。
だから、女の子にしたの」
 彼女は、次の世代、その更に次の世代まで思い馳せているのです。

 そういえば、CPIの日本側の代表、小西菊文さんが
こんなことを話していました。
「女性は、既婚、未婚を問わず、育てるのは時間がかかると知っていますが、
男は早く育てたいと思うらしい・・・」
        

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welcome.cc/main 9610番, obara から, 3154 文字, Mon Jul 16 00:14:03 1990
これは 9604 へのコメントです。
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 「楽園の泉」 その6

 これは、これまでタプロバニーと言って紹介してきた
スリランカの少女に宛てたわたしからの手紙です。

     −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
カルヤニちゃん

 そちらの内戦が激化し、1000人もの人が亡くなったと、日本の新聞に、
載っていましたが、貴女やご家族のみなさんには、お変わりありませんか?
貴女の住んでいるアイピテアは地図で見ると武力衝突のあったジャフナからは
かなり離れているようですし、CPIでは、危険なのは北部だけと言っていますので、問
題はないとは思うの
ですが・・・。

 さて、うれしいお知らせが1つあります。
この7月のCPIの交流会で、わたしもスリランカへ行くことにしました。
貴女はどのようなお嬢さんなのでしょうね。
貴女にお会いするのを楽しみにしています。(^_^)

 今日は、パソコン/ワープロ通信の話をしましょう。
PC/WP通信は、パソコ」禿ゥワープロと電話回線を使って行う通信です。
手軽さに問題がありますが、手紙と電話とテレビの良さを
一つにまとめたような通信です。
文字で、複数の人と意見を交換でき、好きな時間に参加できる一方
リアルタイムのやりとりも可能です。
PC/WP通信を始めると、友達がたくさんできます。

 そこでは、仕事に関すること、趣味に関すること、
日常のちょっとした出来事などが話題になり、
その話題に興味を持った人達が、いろいろの立場から、意見交換をするのです。
わたしもときどき、PC/WP上で、年齢、立場が違うさまざまな人々と
おしゃべりを楽しみます。

 ところで、貴女から、わたしのPC/WP通信仲間に、
何かメッセージをいただけませんか?
自己紹介でも、将来の夢でも、日本人への質問でも・・・。
気軽に、英語で、2、3行位でいいのです。
ちょっと考えておいてくださいね。

 そちらへ行く時、携帯ワープロを持って行きますので、
その時、それに、貴女に考えてもらったメッセージを入力して、
うまくいけば、電話のあるところから、日本へ直接メッセージを送ろうと
計画しています。電話事情の関係で、まあ、うまくいかない確率は高いですが、
その時は、帰国してから試みます。

 説明不足で、良くわからないかも知れませんが、
貴女は気軽にメッセージを考えておいてくれればいいのです。
わたし以外にも、もっと、いろいろな日本人と知り合ってみたいと思いませんか?
多分、貴女のメッセージに何人かの日本人がコメントをくれるでしょう。
そのコメントは、わたしがあなたに手紙で転送しますね。
ちょっとした、グローバルネットワーキングです。
ワクワクするなぁ・・・!?

 あなたのお家には7/20にうかがうことになりそうです。
この7月、わたしたちは、興味深い体験を分かち合えそうですよ。
貴女や貴女のご家族にお会いする日を楽しみにしています。
それまで、お元気でね。
     −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

わたしは、明日(7/16)から1週間ほどスリランカへ行ってきます。
手紙にも、書きましたように、電話事情はあまりよくなさそうなので、
スリランカからのアクセスはちょっと難しいかもしれません。
(語学力の問題の方が大きいかもしれないなぁ(^_^;))
でも、アクセスはダメでも、
きっと、きっと、彼女に入力してもらってきますから、
そして、こちらへ戻ってからアップしますから、
その時はみなさん、彼女に一言、二言でも、コメントくださいませませ。
(デキタラ、エイゴデ イタダケルト アリガタイノデスガ・・・.)
どうぞ、よろしくお願いします。ペコッ!
では、では、次回のアクセスをお楽しみに(イツニナルコトヤラ!?)

     

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welcome.cc/main 9678番, obara から, 2114 文字, Tue Jul 24 23:58:46 1990
これは 9610 へのコメントです。
このメッセージへのコメントがあります。
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「楽園の泉」 その7 (7/20)

 スリランカの南西部、黄金海岸にあるタンジリンビーチホテルを後に
わたしたちの車は一路内陸部に、向かいます。
これまで、回った、異国情緒たっぷりのポロンナルワやシギリアの椰子ジャングル、
広い道に比べ、今日訪ねるアイピテアヘの道は、細く、茶畑、水田、
白樺に似たゴムと、ともすれば、日本の田舎にありそうな道です。
付き添ってくれる、新里さん、糸さん、それに
通訳の赤いサリーのよく似合うチャンダラ先生(日本語=シンハリ語)と
お話しながら、内陸部の田舎の道を進みます。

 2時間半ほど走ると、アイピテアのスリランカ・日本教育文化センターに、
センターは、お寺のお坊さんたちで運営されていて、わたしたちは、そのお寺の
一番偉いお坊さん(学校の校長先生もやっていらっしゃる)のお兄さんのお宅で、
お肉、お魚、お芋、お豆などいろいろなカレーと、スパイスのきいたお菓子、
果物の数々のお昼を御馳走になりました。

 集会所で、子どもさんたちの歓迎会があるというので、お寺の道を下りていくと、
1人の少女が笑顔で花を差し出します。
「カルヤニ!?」
内気そうに、でも、うれしそうに笑います。
そう、彼女です。
わたしが去年から、辞書と首っ引きで手紙を書いた。
ミス M・K・カルヤニ・サマンラタです。

「ボホマ ラッサナイ!」(シンハリ語で、とっても可愛い)

 歓迎会が終わり、センターに戻り、
早速、WP通信のメッセージを入力してもらえますか。
と尋ねると、OK、とのこと
OK、とは云ったものの、たくさんの好奇心たっぷりのお坊さんたち、
校長先生、見知らぬ日本人囲まれて、
カルヤニちゃん、指がこわ張ります。
「じゃ、名前でも、年でも、何でもいいから、将来の希望でも・・・」
わたしたち外野が、ワイワイ騒ぎ立てるものですから、
カルヤニちゃん、ますます立ち往生。
とにかく名前だけでもと、通訳のチャンダラ先生がキーの位置を指差しながら、
彼女を促します。

my name is kalyani samanlatha
i am fifteen years old
i have two sisters and two brothers

 多分、彼女はもっともっといろいろなことを、云いたかったと思います。
でも、これだけの人に囲まれ、初めてのワープロ体験、
これだけしか、入力できなかったけれど、
みなさん、彼女の気持ちをくんであげて下さいね。

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welcome.cc/main 9679番, obara から, 1043 文字, Wed Jul 25 00:02:03 1990
これは 9678 へのコメントです。
このメッセージへのコメントがあります。
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「楽園の泉」 その8

 今晩は、横浜の自宅からのアクセスです。
お陰さまで、昨日、無事、スリランカから帰ってまいりました。

 スリランカは素晴らしい国でした。
美しい自然。温かい人々。豊かな歴史。
今から次回の訪問が待ち遠しいです!

 わが最愛のカルヤンちゃんは
思ってたより内気だったけれど、とびっきり可愛い少女でした。

 現地からのアクセスは、
22日、コッテのセンター(スリランカ・日本教育文化センターの本部、
ここからは、国際電話がかけられるので)から十数回アクセスを試みましたが、
結局、成功しませんでした。残念、残念。
MIX側のピーが聞こえてコネクトしてもすぐ、回線が切れてしまうのです。

 後で、コンピュータ・コミュニケーションの勉強をしている
ヌゲゴダゲさんが、それは、このお寺(センター)の電話回線のレベルが
低いからだと教えてくれました。次回はアクセスできるように、状況を調べて
手紙(彼は日本語がわかるので平仮名で!)をくれるということです。

 とにかく、楽しい、そして友達がいっぱいできた旅でした。
ボチボチ、まとめてアップしますね。
今日は、この辺で・・・。

                       

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welcome.cc/main 9719番, obara から, 1572 文字, Fri Aug 3 22:59:27 1990
これは 9679 へのコメントです。
この他にも 9679 番へのコメントがあります。
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「楽園の泉」 その9 (7/16)

 ちょっと、遅くなりましたが、スリランカ旅行記アップさせていただきます。
ワードバンクのICカードに残っていた記録と、わたしの記憶を併せてまとめました。

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 こんにちは!
今、CPIの交流団第一グループ14名は、
中継地、福岡空港を飛び立たったエアランカのコロンボへ向かう飛行機の中です。
古い機体は予想通り、ちょっぴり不安ですが、
孔雀柄のサリーを着たスチュワーデスのおねえさまたちは、美人揃い。
座席のポケットには、アーサー・C・クラークのアクロス・ザ・ユニバース
という一文が載ったエアランカのマガジンが入っています。

 隣には、前に、お話した新里さんがいます。
このところ、ご無沙汰していたワードバンクの電池の入れ替え、
まずは、新里さんメッセージを・・・。

はじめまして、新里です。 
乗り物に弱い私はこれからの 空の旅にうんざりしながらも

うん? ・・・も、どうしたのかな?
ここまで、入力したら夕食、ワインをしこたま飲んで、
新里さん、反対隣の糸さん(糸さんはポロンナルワとゴールに2人のお子さんが
います)と気炎を上げます。

 東京からスリランカまで、10時間、退屈するかと思いきや、
何か、もったいないくらい、あっと云う間に過ぎていくようです。
明日からは、少人数づつまとまって、遺跡めぐり、各地の学校訪問、
家庭訪問の旅が始まります。

 わたしは、ポロンナルワ班、一日がかりで、ポロンナルワヘ行き、
明後日、糸さんの子供さんを訪ねます。
飛行機の中でもこんなに時間の経つのが速いのなら、きっと、
明日からの、一週間は、ほんと、あっと云う間なのでしょう。

 

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welcome.cc/main 9720番, obara から, 1821 文字, Fri Aug 3 23:02:11 1990
これは 9679 へのコメントです。
このメッセージへのコメントがあります。
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「楽園の泉」 その10 (7/16夜)

 降り立ったコロンボの空港は、気温も、湿気も、スパイスの香りも思ったほど
違和感を感じませんでした。ただ、空港を照らすライトがやけに切ない赤味を
帯びています。

 手続きを済ませ、スマンガラさんや先発の小西さんの顔を見てホッ!
車で、空港近くのエアポートガーデンホテルに向かいます。
空港の周囲は夜更けの博覧会場前の大駐車場と云った風情で、空港にお勤めの
人が帰るのでしょうか、そこここに、3人、4人と人が歩いています。
サリー姿の女の人たちが歓談しながら、歩いている姿も目につき、
治安の良さにホッとします。
道路沿い椰子畑、日本の椰子の街路樹とはちょっと風情が違います。

 ホテルに着くとおしぼり、冷たいフルーツジュース。
ウワァ!甘い!

 部屋に入ると、パパイヤ、バナナ、パイナップルのフルーツが、
ベットの上にはとても香りのよいアラレアが2輪。
冷房アリがうれしい。
軽い食事とミーティングの後、シャワーを浴びるのもそこそこに
ベットに潜り込むわたしたちです。

 夜中、蚊がブゥーンと飛んできて、あわてて持参の蚊とり線香に火をつけます。

 (7/17 朝)
 朝、カーテンを開くと、そこは昨日、車の窓から見えた椰子の林、
窓の向こうは映画のシーンのようで、なんとも不思議な光景です。
食事の前に、ホテルの前を散歩すると、そこここに、きれいな花が咲いています。
唯一、名前が分かったのが、ブーゲンビリア、ブーゲンビリアにも、
紅いの、白いの、濃いの、淡いの、いろいろありました。

 朝食は、まだカレーではありません。
ちょっと、辛いのもあったけれど。
普通の洋食のバイキングで、果物がいっぱい列んでいるのは感激です。
パパイヤの100%生ジュースの美味しいこと。
普段は、朝食をとらないわたしですが、
甘いパンとスリランカ風オムレツ(スパイスの利いたさっぱりしたオムレツ)
ちょっと辛みの入ったソーセージ、焼きトマト
パパイヤジュース、パパイヤ、マンゴー
パイナップルは日本のものよりサクサクしています。
ミルクティ
しっかり、お腹に詰め込みます。

 

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welcome.cc/main 9721番, obara から, 1770 文字, Fri Aug 3 23:03:51 1990
これは 9720 へのコメントです。
このメッセージへのコメントがあります。
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「楽園の泉」 その11 (7/17 出発)

 今日は、小西さん親子、糸さん、円谷さんご夫妻、わたしの6人は
ポロンナルワへの移動日です。
列車は、(多分、デマでしょうが)、ゲリラが爆発物をしかけるとの情報もあり、
エアポートガーデンホテルを10時頃、車で出発、
わたしたち6人の日本人と、ドライバーのキチリさんの7人は一路、
椰子林の間の道をポロンナルワへ向かいます。
途中、小学校の前では、子どもたちが滑り台で遊んでいます。
学校の子どもたちはみんな白い制服を着ています。
果物屋さんが、ところどころにあってオレンジ色のココナッツがたくさん
つる下がっています。

 歩く人の服装も民族服のサリー、サロンと洋装が半々くらい。
このポロンナルワへ向かう幹線道路はアスファルトで舗装されて、ミチに沿って、
電柱が立っています。
ときどき、大地主のココナッツ園が延々有刺鉄線囲まれて続きます。
建物は都市部は白壁か煉瓦作りに瓦が多く、内陸部に向かうにしたがって、
草ぶき屋根になります。
土は赤土、煉瓦屋さんなのでしょうか、
草ぶきの雨よけの下に赤い煉瓦が積まれています。

 ワーッと思うといきなりのスコール
でも、あっという間に(10分位)太陽が戻ってきます。

 ポロンナルワとアヌラダプーラ、キャンデイの三都市を結ぶ地帯は、
世界有数に大遺跡群が残る地として知られ、文化三角地帯と呼ばれているそうです。
10世紀末から13世紀にかけて、シンハラ王朝がインドからの侵略によって、
それまでの首都、ポロンナルワを去り、アヌラダプーラへ、更に追われて、
キャンデイへと退いていった歴史的遺跡の数々が、20世紀に入って注目され、
遺跡の発掘が始まるまで、ひっそりとジャングの中に埋もれていたと云うことです。

 スリランカニ度目の方が多い他のグループは、コッテの子供さんを訪問した後、
補修学校訪問、初めて当地を訪れた朝香ちゃん、糸さん、円谷さんの奥様、わたしの
入った1班は、観光地も回れる、ポロンナルワコースとなりました。

 

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welcome.cc/main 9722番, obara から, 2034 文字, Fri Aug 3 23:05:00 1990
これは 9721 へのコメントです。
このメッセージへのコメントがあります。
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「楽園の泉」 その12 (7/17昼)

途中、クルネガラで、待望のスリランカ風のカレー
(と云っても観光客用に辛さは抑えてある)
を食しました。
日本の様にトロッとしない、サラサラのスープで、
ポテト、お肉、お豆、キャベツなどが、別々に煮てあります。
お肉は、腐敗を防ぐためでしょうか、特に辛い!
パサパサライスを盛った各自の皿に、それらを少しづつとって
混ぜ合わせていただきます。

 辛すぎる人には、ココナッツパウダー、
辛みが足りない人には、何だか分からなかったけれど、辛くなるもの。
それに、野菜のサラダ(瓜をスライスしたようなもの)
醤油気のないパリパリしたお煎餅のようなパパラム。
最後に、アボガド、バナナ、パイナップル、マンゴー、パパイヤを細かく切った物が、
それらをすり潰した物で和えてあるデザート(これが美味しかった!)
とミルクティー。

 こちらでは、手で食べるのが習慣で、こちらの生活に慣れている
小西さんと何でも挑戦の糸さん、それにキチリさんはもちろん手で食べましたが、
他の人はフォークを使いました。
 初めて手で食べる糸さんの不器用さが周囲の笑いを誘います。
見かねたキチリさんに、4本の指ですくって、口元へ持っていき、親指で
弾くように口の中に入れるのだと、教えてもらってようやく、
糸さんもカレー味がしてきたみたい。

 (7/17夜)
 ポロンナルワノの宿は、湖のほとりのギリタニホテル。
部屋の設備は、天井の大きな昔の扇風機、
ベッドの上には、モスキートネットが束ねて縛ってあります。
シャワーはあったけれど、バスタブはなし。
でも、シャワーだけでも、埃にまみれ、一日中車に揺られてきたわたしたちには
ご馳走です。

 さっぱりして、着替え、食前酒はギリタニースペシャル(一杯100ルピー 
1ルピーは約4円)、
これは、スリランカの地酒アラック(ココナッツのお酒)のカクテル。
濃厚なフルーツの香りで、一口でいい気分になってきます。
夜空はホテルの灯が明るく邪魔をしても、
とても、東京、横浜の夜空とは比べられないほど星がぎっしり、
あまりありすぎて、星座は、蠍座のS字しか判りませんでした。
明朝は、湖でボートに乗せてもらえるということで、楽しみ楽しみ。
各自部屋に帰って休みます。
湖を渡ってくる夜の風は、とても涼しく、心地よいポロンナルワの一夜です。

                           
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welcome.cc/main 9726番, obara から, 1942 文字, Sun Aug 5 13:03:21 1990
これは 9722 へのコメントです。
このメッセージへのコメントがあります。
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「楽園の泉」 その13 (7/18朝1)

 ボート乗りは、ちょっと、不調なお父さんに代わって、中1の朝香ちゃんが案内役。
「ホテルの前の坂をずーっと下ると左側にフィッシャーマンの家があるツ鏨戟v
「ボートは1人20ルピー」
朝香ちゃん、糸さん、わたしで出かけます。

 フィッシャーマンの家はあっても、人の気配がないので湖の方へ下っていきます。
木の繁みを抜けると、短い草原が、そのまま湖に続きます。
遠くの湖面には、ボートが1そう、長閑に釣りをしています。
静かな水面を朝の爽やかな風が渡っていきます。
岸辺では、牛や水牛が静かに群れています。

 見ると、釣り船が、こちらに向かって来るではありませんか。
ボートと云っても井の頭公園のボートとはちょっと違います。
カヌーっていうのかな?
巾が狭く(人がやっと1人座れる巾)のボートと反対側にバランス用の木が
長い枝で止めてあります。

 「ランカのフィッシャーマン」なんて映画に出演したら
たちまち人気のでそうなおじいさんが釣った魚を見せてくれます。
この朝の収穫はテラピア(鯛に黒い立派な黒いヒレをたくさんつけたような魚)2匹
まずは記念撮影。さすが、観光客慣れしたおじいさん、
テラピアを持って考え深気なポーズをとってくれます。

 そして、ボート乗りの交渉。
おじいさん曰く、1人50ルピーとのこと、
えっ、高い!20ルピーじゃないの?朝香ちゃんとわたしは顔を見合わせます。
50、50、50で3人で150ルピーね。
じゃ、ボクは乗らない、と糸さんが云ってみてもおじさんガンと値を下げません。
100ルピー払って、朝香ちゃんとわたしが乗ります。
漕ぎ手は、おじいさんとその息子さん。

横から見ると小さく見えたボートも、乗ってみると結構立派で、
一列に6人くらいは乗れそう。水をかき分け進む様子も安定していて、快適快適。
自分はシンハリ語、タミール語、英語の3か国語が話せるが、
あんたらは英語が話せるか?というおじいさんのキツーイ質問に
あたしゃ、英語はダメなのよんと片言単語会話でかわしながら
10分ほどのボート遊び。
 でも、日本から遠く離れ、コミュニケーションもままならない初対面の人の
ボートに乗せてもらって、何の不安も感じないのは妙なものです。

                    

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welcome.cc/main 9727番, obara から, 1380 文字, Sun Aug 5 13:08:07 1990
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 「楽園の泉」その14 (7/18朝2) 

 岸に戻って、今度は、おじいさん、わたしたちを自分の家へと招待します。
そこから歩いて5分ほどにあった、おじいさんのお家は、さっき見かけた
小西さんが云っていた家ではありませんでしたが、
せっかくだからと、覗かせてもらいます。

 おじいさんは、わたしに息子のお嫁さんを紹介します。
「彼女は32歳。彼女はこれしか服を持っていない」
「う〜ん」
「あんたはいっぱい服を持ってるだろう」
「いや〜、困っちゃったなぁ、今ここにはないもん」
「ホテルにあるだろう」
「・・・・」

 おじいさんのたくましさに圧倒される朝香ちゃんとわたしです。
きっと、子連れの観光客には孫を抱き上げ、この子はこれしか服がないと云って
もらったのでしょう。お孫さんは猫の絵が可愛い黄色のTシャツとお揃いの半ズボン
を着ています。お家は2間とキッチン、みな土間で、天井は巾広の細長い葉で編んだ
屋根ですが、棚の上にはこれも、もらったのでしょう、ラジオなどものっています。

 わたしたちは、手持ちにあげられる服がなかったので、^_^;
ハンカチで勘弁してもらいました。
最後に、一家で記念撮影。
おじいさんすかさず、写真を送ってくれと、住所を書いた紙切れを持ってきます。

「今日はビンボーな日本人で服がもらえなかったけれど
今度は、おまえに服をもらってやるからね」
とおじいさんがお嫁さんに云ったかどうかはわかりませんが
魚を釣るより人を釣るのがうまい、
したたかで、憎めないフィッシャーマンのおじいさん一家でした。

                         

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welcome.cc/main 9728番, obara から, 1611 文字, Sun Aug 5 13:13:27 1990
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「楽園の泉」 その15 (7/18昼)

 今日は、学校の終わる時間まで、遺跡見物。
その後、センターで糸さんが文通しているアルナ君たちとの交流会です。

 11世紀にインドの大軍に攻められ、アヌラダプーラを追われたシンハリ王朝が
遷都したポロンナルワの仏教の中心地、クォードラングルは、
城壁に囲まれたお寺の遺跡です。
円形の仏塔「ヴァタダゲ」、その向かいの仏歯寺「ハタタゲ」、
その南西に見える「トゥーパラマ」は、他の建物に較べ破損が少なく、重々しい
仏堂です。
ここの遺跡は、真ん中が石、外側が煉瓦で固めてある厚い壁が特徴で、
ガイドブックによれば、「トゥーパラマ」の壁の厚さは2mもあるそうです。
やがて、このポロンナルワもインド軍に攻められ廃虚になってしまったそうですが、
崩れた建物、煤けた煉瓦、持ち去られた仏像、
そして、裸足の足(これらの建築物は靴を脱いで見学する)に
感ずる太陽に焼かれた石の感触が、ランカの歴史をわたしたちに伝えてくれます。

 そして、もう一カ所、座像、立像、涅槃像のあるガル・ヴィハーラ
犬に水をかけても顰蹙をかうお国柄ながら、
石仏の廻りにたむろしている野猿をお坊さんが傘や石で追い払う姿を
目撃して、「アレレ!?」と珍しがる小西さん。
向かいの岩から眺める涅槃像は、すずやかで、1000年のまどろみの中
といった風情です。

 お昼は、かつて、シンハリ王朝が盛んに作った大きな貯水池の一つ
パラークラマ・サンドーラのほとりで、サンドイッチの昼食です。
水辺では、車を洗っている人、沐浴している人、水を飲んでいる白い牛。
カメラを向けると、どこかのお父さんが撮影代を要求します。10ルピー。
少年が(サービスで?)石鹸を泡立て、頭から全身洗い始めます。

 ひたすら長閑な昼下がり、そろそろアルナ君の学校が終わる時間です。

                           

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welcome.cc/main 9792番, obara から, 2128 文字, Thu Aug 16 23:12:48 1990
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「楽園の泉」 その16 (7/18最初の訪問)

 ここで、CPIの活動についてもう少し説明しておきましょう。

 その対象となる子どもさんは、スリランカ政府の行う奨学金支給資格試験に
合格した子どもさんで、学校推薦、家庭状況調査を経て選ばれます。
本人も家庭も学業の継続を強く希望する優秀な生徒でありながら、家庭状況から、
この奨学金を受けなければ学業の継続が難しい6年〜8年の生徒さん
(日本の中学1年から3年にあたります)が選ばれます。

 奨学生一人あたりの奨学金は月額2000円(約500ルピー)。
この金額は物価レベルを考え、普通の中学生に、必要な学費、学用品代を
慎重に検討して決まった金額ということで、学校を通して学用品と云う形で
支給されます。

 CPIでは「お金を恵んであげる」意識ではなく、
この制度を通じて他国とつながりを育てたいという気持ちでの協力者を
日本で公募しているのです。

 そして、日本側の参加者と奨学生は1組のペアになって、文通や、旅行等の
交流活動を通して両国の相互理解の促進を図っている。というのが概略です。

 さて、アルナ君と対面した糸さん、
アルナ君がひらがなの練習をしているノートを見せられ感極まった様子です。
アルナ君の家を訪問して、記念撮影や、お土産のハーモニカを渡すと、
近所の子どもたちと一緒に、じゃんけん、指相撲、腕相撲をして交流します。

 朝香ちゃんとわたしは、もう一人の奨学生、チャミラちゃんと友達になって、
男の子たちの騒ぎを横目に、オオムやハイビスカスの前で写真撮影。
片言英語でお話します。
彼女は12歳、なかなか利発そうで、可愛い顔をしています。
じゃんけんを覚えて、負けちゃった時の照れ笑いがたいそう愛くるしい。
彼女はまだ奨学生になったばかりで、ペアになった日本人の書類が届いていない
ということでした。
どんな方が、彼女とペアなのでしょう。

 あっという間に時間が過ぎ、帰る時間になりました。
わたしは、カルヤンちゃんが文通してくれればと、チャミラちゃんの住所を
教えてもらって、車に乗り込みました。

 わたしたちの車が角を曲がるまで、子どもさんたちが手を振って見送って
くれました。

                        

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welcome.cc/main 9793番, obara から, 1035 文字, Thu Aug 16 23:14:41 1990
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 「楽園の泉」 その17 (7/18夜)

 アルナ君の家を出た後、更に、近くの奨学生の家を2件ほど訪ね、
帰り道は、ココナッツジュースを飲む間も惜しんで
夜8時頃、今日の宿、ホテルシギリヤに着きました。

 ホテルの部屋に入ると同時にわたしは紅茶(27.5ルピー)を頼みました。
ここの紅茶は最高と前々から新里さんに聞いていたからです。

 日本なら差し詰め、一風呂浴びて、冷たいビールと云うところでしょうが、
水しかでない!!! シャワーの後の熱い濃いミルクティーの味も最高
ゴクゴクと喉を鳴らして飲み干します。
ベットにひっくり返れば、天井には大きな扇風機がヒュタヒュタと回っています。

 その夜の食卓は、家庭訪問の後だっただけに、教育問題が話題になりました。
「ここの子どもたちは、すごく勉強熱心ですね。
日本は、教育システムが整っているから、今は日本の子どもたちの学力が
勝っているけれど、こちらのシステムが整えば、子どもたちの熱意からいって
負けてしまいますね。どうする、朝香?」と小西さん。
大人たちだけでなく、朝香ちゃんにとっても、いろいろ考えさせられる旅の様です。

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welcome.cc/main 9794番, obara から, 1967 文字, Thu Aug 16 23:16:50 1990
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 「楽園の泉」 その18 (7/19シギリヤ)

 今日は、シギリヤロックに登ってきました。
その壮大な王宮後は、今回の旅行の中でも、もっとも印象に残った場所でした。
ジャングルの中に垂直そびえ立つ、シギリヤロックはその奇観だけでなく、
そこに王宮を築いたカッサバ王の伝説でも知られています。

 今から1500年前、アヌラダプーラを統治したダッセナ王の子として生まれた
カッサバは、父王が弟に王位を継がせないために、父を幽閉し王位を奪ったと
伝えられています。インドへ逃れ、復讐の機会を狙っている弟を恐れて、
カッサバは都をアムラダプーラからこの切り立った岩山の地シギリヤに
遷し、その岩山に彼のもてる技術の粋を凝らした王宮、贅の限りを尽くした楽園を
築き上げたのです。

 チケット売り場の前で、わたしたちの車は、ヘルパーはいらないかと集まってくる
人たち囲まれます。
朝食の時、
「シギリヤロックに登るのにヘルパーがいる人」
「はーいっ!」
と、手を挙げたのはわたしだけ、あわてて取り消した次第です。
「今日は、ノーヘルパーね」と小西さんが彼らをかき分け、
馴染みの公認ガイドさん、アベヤシンゲさんに案内を頼みます。
アベヤシンゲさんは精悍な顔立ちで、ちょっと見、こわそうなガイドさんですが、
漢字で「大関」と書いてあるウエストポーチをしているのには笑ってしまった。

 皆で、宮殿跡の前面を囲む蓮の堀を渡ると、前方にそびえるシギリヤロック
当時、近くの貯水池からポンプで(ガイドブックによると風車の様なもの)
岩山の上まで水を汲み上げ、その水をふんだんに使って、美しい花畑が咲き乱れ、
エアーコンディションのための噴水が吹き上げられていたそうです。
そしてカッサバ王は王妃と100人の妾妃に囲まれ、
年9ヶ月を地上の宮殿で、残りの3ヶ月を山頂の宮殿で過ごしたそうです。
ここが花畑、ここが噴水の穴、
2週間前に発見されたのだが、庭園の地下には、エアーコンディションの為の水路が
あって、あるものは真っ直ぐながれ、あるものは蛇行して流れ、
流れの速度が違うので温度差ができ、風をおこしていた。
アベヤシンゲさん、今日は、ヘルーパーなしでゆっくり説明できると、
丁寧に説明してくれます。
(ちなみに、ガイド料は200ルピー)

                         

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welcome.cc/main 9795番, obara から, 2368 文字, Thu Aug 16 23:20:16 1990
これは 9794 へのコメントです。
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 「楽園の泉」 その19 (7/19シギリヤ)

 庭園を過ぎると、いよいよ岩山の周囲に入ります、まわりにはユネスコの調査
をしている人や、補修の煉瓦がたくさん積んであります。ユネスコは、ここに、
1500年前の繁栄の宮殿、花と水の溢れる楽園を再現しようとしているとのことで、
それが実現したら、それはそれは素晴らしい眺めになるでしょう。
石段を登っていくとコブラの石、王の休息室、会議室、保水の為の階段花壇跡、
シギリヤロックの施設が次々に現れます。

 たとえば、王の会議室の作り方が凄いのです。
その会議室は、岩山のそばに転がっている30畳位?の上部が平らな岩ですが、
これは岩山の一部を割って作ったということです。
溝を彫り、薬草を入れて火をつけ、熱くなったところに冷たい水を入れて割った
ということらしいです。
この会議室に立って、人間を拒絶するように立っているシギリヤロック見上げると
この岩山に楽園を実現しようとしたカッサバ王というのはホントにたいした人物だと
感ぜずにはいられません。
「王自らが技術者だった」いう話も納得できます。

 岩山の中腹には、ご存じの方も多いと思いますが、有名なシギリヤのフレスコ画
があります。5世紀のものとは思えない鮮やかさで描かれた美女たちですが、
あるものは風雨にさらされ、あるものは人間に剥され、当時、500人ほど
描かれたものが、今は18人しか残っていないそうです。

 フレスコ画の下のミラーウオール(鏡の回廊)と大理石できた階段を登っていくと
ライオンの爪の形をした宮殿入口のある岩山北側の広場にでます。ここまでは、
ゆっくり登って来ましたのでヘルパー無しでも、それほど怖くも、それほど疲れも
しませんでしたが、この後がたいへん!初めからこんなにたいへんと知っていたら、
わたしは頂上まで登らなかったかもしれません。

 このライオンの爪の間の階段を登ると途中から、約60度の傾斜に足場が彫ってある
だけのところにでます。
「えっ? かっ、階段は!?」
ここまで、来たのだからしかたないと、手すりを頼りにソロソロと進みます。
「ひぇー、てっ、手がとどかないよ〜ん!」
最後には(60の角度ですから)手すりに手がとどかなくなってしまいます。
しかし、引き返すにも、引き返せず、
シギリヤロックから墜っこちたなんていったら、とにかくカルヤンちゃんに
恥ずかしい。わたしは必死に岩肌へへばりついて登りました。

 辿りついた頂上は思いのほか広く(ガイドブックによると1.6ha)
強風の中、プール跡、ダンスホール跡、会議室跡がわたしたちを沈黙のまま
迎えます。上から見ると麓の区画された庭園の規模を新ためて感じます。
あたりは一面のジャングル。
カッサバはここで何を思ったのでしょう。

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welcome.cc/main 9814番, obara から, 1865 文字, Wed Aug 22 23:19:39 1990
これは 9795 へのコメントです。
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「楽園の泉」 その20 (7/20カルヤンちゃんの家)

 センターでの歓迎会が終わり、ワードバンクの入力も終わると
いよいよ、カルヤンちゃんの家を訪問します。
アイピテアセンターの2人のお坊さんとカルヤンちゃんの理科の先生も乗り込んで、
カルヤンちゃんを囲んで、車で彼女の家に向かいます。

 彼女の家は坂を登った更に道なきガケの上、
(昨日シギリヤで鍛錬してきた甲斐があったなぁ)
家には、彼女の家族、学校の先生、友達、近所の人たちが集まって
わたしたちを歓迎してくれます。

 お茶畑で働くしっかり者のお母さんと上のお姉さん、
縫製工場で働くワンピース姿が可愛い下のお姉さん。
結婚して独立したお兄さん夫妻とその4人の子どもたち、
それに下のお兄さん
お父さんは用で出かけているとのこと。

 この人は学校の社会の先生、この人は数学の先生
この若い女の人は日曜学校の先生。
この子たちはわたしの友達。
彼女の紹介が続きます。

 家に入ると仏さまを祭った棚の下に小さなみかん箱くらいの机があり、わたしの、
送ったおひなさまの写真(ひな段に彼女からの手紙を一緒に飾って撮った写真)等
が飾られ、その前に、彼女の教科書やノートが重ねてあります。

 今日は、新里さん、糸さんはカメラマンを任せっぱなし。
わたしは、彼女や彼女のお友達の歌を聞いたり、彼女のことを質問したりしながら、
瞬く間に時間が過ぎていきます。
たくさんの果物やお菓子、甘いジュースをご馳走になり、
決してゆとりある暮らしではないはずなのにと恐縮してしまいます。

 最後に、わたしの持っていったソーラーラジオなどのお土産を渡し、
カルヤンちゃんに会えますようにと片目を入れたダルマも手渡して
筆ペンで、もう片方の目を彼女に入れてもらいます。
(その小さなダルマは、選挙事務所のダルマより重みを感じました)
カルヤンちゃんからは彼女が作ったペーパーフラワーと紅茶をいただき
OL(高校)試験に受かったらまた来るからねといって、彼女の家を後にします。

 最後まで見送ってくれた、カルヤンちゃんと上のお姉さんの姿は、
車の後部座席の窓から夕闇の中に消えて行きました。

                        

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welcome.cc/main 9815番, obara から, 2009 文字, Wed Aug 22 23:21:06 1990
これは 9814 へのコメントです。
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「楽園の泉」 その21 (7/21)

 今日の目的地はゴールです。
全員で、ワゴン車3台に分乗して出発です。
カルタラ近くは道沿いにマンゴスチン屋さんがよく見かけられます。
コロンボではココナッツ屋さんが多かったし、
ランカは小さな島でも、結構、地方色があるようです。
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ちょっと、フルーツのこと 
●ココナッツ    @1ルピー
端を小さいナタでカットして、ストローで飲む
透明な液体は、少々青臭いが、喉が乾いているときはご馳走
 生水を飲むより安心だし、(ガイドブックによると二日酔いにも利くらしい)
●マンゴー     @6ルピー
●マンゴスチン   @4ルピー
  ドリアンが果物の王様ならこちらは女王さま
 丸っこい柿のような形で、濃い紫色、中には白い実が入っている。
 ブドウ、ライチーのような味
 新里さんは今回の旅行で100以上食べたそうな!? 
●短いバナナ @1ルピー
  皮がなめしたように薄くて味が濃い
 いろいろ種類があるようだ。
 こちらのバナナはしっかり熟して皮がはじけているものも多かった。
●ジャックフルーツ @6ルピー
富山のジャンボ西瓜くらいの大きさでイカイガになっている。持つと
 オモミで手が痛い、中はしろい房がぎっしりつまっていて、
 1個で20人位食べられる、べたべたするけれど美味しい、
 中身だけ皿に積み上げられていると白いトリかカエルの手羽肉みたい
 (考え過ぎ!)
●パパイヤ     @?
  ホテルではよく出たが、道では売っていなかった。
 パパイヤ大好き!ジュースも美味しい。
 わたしはホテルでここ1年分のパパイヤを食べました。満足満足。
●ランブータン   一枝(20個くらい)10ルピー
  ライチーのような味、皮にトゲトゲがある 
●ドリアン     @40ルピー
  今は時季じゃないとかで見かけなかった。残念。
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この日は、午後から南部ゴールの子どもたちとの交流。
奨学生だけでなく、近所の子どもたちやお母さんたちも集まって、
日本の高校生が作った「わらしべ長者」の紙芝居を朝香ちゃんが読み、
スマンガラさんが通訳します。

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welcome.cc/main 9816番, obara から, 1499 文字, Wed Aug 22 23:22:14 1990
これは 9815 へのコメントです。
この他にも 9815 番へのコメントがあります。
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「楽園の泉」 その22 (7/22)

 今日はコッテのセンターで、日曜学校の見学とお別れ会です。
そして、わたしはMIXにアクセスできたらなぁって考えてます。

 コロンボでの買い物組と分かれ、
コッテのセンターに着くと、早速、スマンガラさんに電話回線を貸してくれるよう
お願いします。
こちらの人は、OKの時、首を縦に振る代わりにゆらゆら横に振りますが、
アイピテアでも一緒だったニコニコお坊さんのシーワリーさんが
スマンガラさんに云われて、ゆらゆら首を振って、手伝ってくれます。

 失礼して、おそれ多くも、スリランカのお寺さんのローゼットを
ドライバーでこじ開けさせてもらいます。 
「これ電話、これFAX、これが外につながっているライン」
というシーワリーさんの説明。
「うん?なんで電話はラインにつながってないの?」
とわたし。
「つながってる」
受話器をとれば、確かに電話は生きています。
「まっ、とにかくこのケーブルをラインにつなぎたい」
と絵を描きながら、自宅からはずしてきた片側がモジュラーの差し込みになった
ケーブルを示します。
シーワリさんさかんに首を振って、黄色い衣をたくし上げ、
ローゼットのライン側の端子に、ケーブルをつないでくれます。
「OK」

 ワードバンクの通信モードに入ります。
スマンガラさんもうまくいけばいいねとのぞき込みます。
日本へかけるのは、0081と・・・とセットしなおし、
早速、チャレンジ!
しかし、返って来たのは、スリランカ電話局の、「この電話は使われていません」
のテープの声ばかり、

 何度やっても同じなので、試しに、電話でMIXにかけてみると・・・
「ピ〜!」が返ってくるではありませんか。

                           

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welcome.cc/main 9817番, obara から, 1827 文字, Wed Aug 22 23:23:16 1990
これは 9815 へのコメントです。
このメッセージへのコメントがあります。
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 「楽園の泉」 最終回 (7/23)

 もう一度、ワードバンクの設定を調べてみると
ダイヤル方式の種類が通常の回転式(20PPS)になっています。
「これかな」
ということで、遅い回転式(10PPS)に直して、再度チャレンジ。
 イヤホーンでモニターすれば、コール音に続いて、「ピー!」
が返って来ます。
CONNECT
「やったね!」てなもんで、喜んだの束の間、
NO CARRIER

 手動や設定を変えて10回ほども試みたでしょうか、
そのうち、3、4は化け文字が返ってきたのですがうまくいきません。
残念残念のわたしを、
「うまくいかないこともたくさんある。ノープロブレムね」と
ゆらゆら首を振って慰めてくれるシーワリーさん。

 その後、気を取り直して、日曜学校を参観します。
子どもたちとの懇談会で、いちばん多かった質問は桜はどんな花かという質問。
黒板や、ノートに下手な桜の絵を描きました。
子どもたちの日本に関する知識は、経済、技術力のある国、
富士山、火山、おしん(こちらでも放送されている)、原爆等。

 日曜学校が終わった後の教室で、スマンガラさんをはじめ、
スリランカ側の主だった人が、お別れ会を開いてくれました。
お酒がないのが、また、お寺のパーティらしいところです。
ワープロ通信の顛末の話になり、コンピュータ・コミュニケーションの
勉強をしているヌゲゴダゲさんがお寺の電話のレベルが低くて失敗したと、
わたしの話をフォローしてくれます。
次回は、お寺の電話のレベル上げられないなら、どこかレベルの高いところから、
アクセスということになるのかな。その辺のところをヌゲゴダゲさん調べて教えて
くれるそうで、楽しみです。

 ランカ最後の夜は曇っていて、星が見えないのが残念。
代わりに、カラーマデリアー(蛍)が飛んでいます。

 アユボアーン(さようなら)
 ネバタ ハムエム(また会いましょう)

 そして、わたしたちは、あっという間に過ぎてしまったこの一週間の
ランカの思い出を振り返り、振り返り、エアランカ456便で、
梅雨が明け、コンクリート放射熱の日本に帰って来ました。

                         

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平成9年10月10日  ペ−ジ制作:たぬ