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98/12月の真空管
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UF 101
UF-101の前身は、大正8年に、東京電気で量産用真空管として国産化された円筒 型横向きプレートの「佛國型オーヂオンバルブ」(C型?)で、これは、所謂TM球(Telegraphie Militaire:仏軍通信隊)を基にしている。
TM球は当時ヨーロッパでは"French"と呼ばれ、同軸円筒構造の水平配置、単一ステムによる組み立てなど革新的な構造で、また標準化されたベース・ソケットを装着した最初の球として第一大戦中最も高性能な球であり、英国のR型管など、その後の管球製造に大きな影響を与えた。 それまでの米国型オーヂオンバルブが低真空の軟真空管であったのにくらべ、TM球は高真空の硬真空管で、取り扱いが簡単で確実になった。さらに真空度が高いので、プレートに高電圧がかけられるため、後に発振など送信用途にも使われた。米国においても、Western Electoricが軍用管VT-1,VT-2を開発する前で、第一大戦参戦時には、受信管の量産能力がなかったので、仏国のTM球に頼らざるを得なかった時期があった。
一方、日本では、大正6年から、電球を製造していた東京電気が真空管の研究を開始していたが、主に米国からの技術に頼っていた。当時は送信用のものを「プリオトロン」(UN-151など)、受信用のものを「オーヂオン」(B型?、UN-100)と名づけ、プリオトロンを逓信省に、オーヂオンを陸軍省に納入していた。 高性能なTM球の情報は、大戦を視察した陸軍よりもたらされ、常時通信の実用化の研究の必要性から、 TM球を模倣した「佛國型オーヂオンバルブ」を制作した。大正9年からは海軍にも円筒型の「海軍型オーヂオン」を納入している。
UF-101の用途は軍用通信の受信管として用いられ、陸軍省指定品(後の四号検波電球)になっていた。 最初期の真空管であるが、ガスに比較的強い純タングステンフィラメントを用い、排気中にプレートを電子加熱する所謂「ボンバードメント」法を採用し、高真空を得た日本の硬真空管の元祖ともいえる。そのため、当時の受信管の中では、プレ ート電圧を高くすることが可能であった。 グリッドはコイル状で支柱は無く、モリブデン線を手回し格子巻き機で巻いて作られた。プレートは、ニッケル板をプレスで打ち抜き、規定の寸法に冶具を用い手で丸めて作られた。初期のバルブはオーヂオンと同じく球形で、ベース部は磁器と銅板で作られ、年間1500個ほどが作られた。大正12年までは、研究所の真空管研究室で、研究的に製造された。UFのFはTM球からの意味を含め、「佛國型口金」を意味している。大正11年頃には、生産が需要に間に合わず、安中電機や東京無線電機に逓信省から技師を派遣し指導して増産をはかった。
規格は、軍用であったため、あまり公表されていない。大正15年の「マツダ新報」の「サイモトロンについて」には記載はないが、昭和4年の「マツダ新報」の「研究所の成果報告」によると、タングステン線條を有する真空管として、
用途:検波増幅、線條電圧:4V、電流:0.65A、プレート電圧:80-135V、増幅率:8、内部抵抗:20,000Ω
となっており、UM103,UM104とともに、主に陸海軍用として使用されていると付記されている。 この時点では、 UF-101Aは、トリエーテッドタングステン線條を有する真空管の項を見ても記載されていない(UM103A, UM104Aは記載有り)。
サンプルの球はバルブがST管になっているが、フィラメント、構造はほぼそのままと思われる。ただしマグネシウムゲッターを使用しさらに高真空になっている。このような旧式の球がST管に焼き直されているのは、軍用の補修用途であったと思われるが、案外元のTM管の性能がよかったため、装置を改造して球を交換する労力を考慮するとそのまま使用したのではないかと考える。
UF 101Aについては次回に続く。
e-mail : mixseeds@seaple.icc.ne.jp
平成10年12月13日 ペ−ジ制作:が−