ガンセンター
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父もガンセンターへの転院を希望していましたし、わたしたち家族も、「ガンセンターへ転院さえすれば、何か状況が改善されるのではないか」というすがる様な思いでした。K病院で転院の許可が出、紹介状とCTやレントゲンの写真を貰うと、わたしたち夫婦は早速、ガンセンターへ予約に行きました。最初の診察は本人は入院中と言うことで、わたしと夫で父の主治医なる内科のT先生に相談に乗っていただきました。K病院からの資料を見たT先生の判断は、やはり進行ガンに間違いないと言うことでした。間違いであって欲しいと言うわたしたちの希望はその時、完全に打ち砕かれてしまいました。入院の手続きをお願いすると、ベッドが空き次第、なるべく早く入院させてくれると言うことでした。
本人にはガンであることは伏せていること、また、母が心労のあまり体調を崩していることを話し、本人にも母にも進行ガンであることは伏せておいて欲しいことをお願いすると、T先生は快く承知して下さいました。そして、
「ただ、私はそれでかまわないのですが、外科の先生は、はっきり本人に伝える先生もいらっしゃいますからね」
と言われました。わたしたちは、外科の先生には、またその時お願いすればよいと思い、
「お父さんの病気は、大腸のポリープが前ガン症状で、肝臓は脂肪肝、胃は胃潰瘍」
と言うことで、取り敢えず、父にも母にもウソをつくことにしたのでした。
早速、その翌週には入院の日時が決まりました。通常の空きベット待ちは1ヶ月くらいかかると聞いていましたし、両親にも云ってあったので、両親が何でこんなに早く入院できるのか、重大な病気なので早く入院できるのではないかと、心配すると困るので、父の便秘を口実に、お父さんの病気は緊急と普通の間ぐらい。でも、
「便が出ないのでは困るでしょうから、なるべく早めに入院の手配をします」
と言われたことにしたのでした。
父は10月2日にK病院を退院し、10月7日に横浜の私たち家に来てから、翌8日、我が家から車で30分くらい距離のガンセンターに入院しました。母にも、K病院では治療が出来ないかったけれど、ガンセンターなら手術をすれば、良くなるとを言っておきましたので、母の表情にも明るさが戻ってきました。
母に、負担をかけないように、ガンセンターには、わたしか夫が窓口になるので、連絡はわたしたち宛にお願いしていました。母に内緒でT先生と相談したこともしばしばありました。ガンセンターからわたし宛に入った電話を母がとってしまって、
「手続きはみんなしたのに何であんたに連絡してくれって言うのかしら」
と云われ、あわててごまかしたこともありました。ガンセンターからわたしたちが呼び出された時間が、丁度、母が父を見舞いに行く時間と重なることがあり、気が付かれない様に、母が行き過ぎるのを待ってから、母の後ろ姿を確認しながら、夫と2人ガンセンターへ向かったこともありました。ドラマの尾行シーンが思い出されました。
父にも母にも、いつかはきちっと説明しなければならないと思いつつも、今話せば、衝撃を受けて、そのままズルズルと気弱になって病気に負けてしまうのではないかと心配だったのです。手術をして、一時でも治ったと思って旅行の一つもして貰いたいと思ってついたウソでした。
その後の2週間は、転院した安心感と、取り敢えず、父も母も治ると信じて治療に向かって、気持ちも落ち着いている様でした。K病院では不快だった大腸の内視鏡検査や、承諾書のいる肝臓血管造影検査等もほとんど不快感なく実施されるので、父はガンセンターの医療技術にますます信頼を寄せ、治療に明るい見通し持つようになっていました。
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平成10年4月26日 ペ−ジ制作:たぬ