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10.27(月)
最近読んだ本の話:「不連続の世界」恩田陸(ややバレ感想)

旅情としっとりとした恐怖を描く連作短編集である本作、
私にとってこの中で一番ショッキングな作品は「悪魔を憐れむ歌」でした。

聴いた者を死に至らしめる歌の噂。
その発信源を辿る主人公は山間の静かな町に行き着いた。
現物である曲のMDも入手したものの、特に変わった曲とも思えない。
だがその曲の歌い手は数年前に失踪した旧家の令嬢だった。
失踪したはずの彼女の歌が何故流布したのか?
主人公が辿り着いた真実は……

じんわりと嫌な後味が残る作品ですが、
本作の発表年(平成十五年)の二年後に発表された某ソフトのせいで、
作品の肝となる技術が一般化
(20〜30代の認知度が6割を超えている、という調査結果もあり)
“それ”に毎日接している人間が大量に居るという事態までは作者の予想外だったのではないでしょうか。
自分が毎日接していたものが、非常に怖ろしいものと隣り合わせである、というのは衝撃的でした。

いや、まあ、毎日接している人=真人間ではない人、なのかも知れませんけどね。

10.8(水)
またFFTの攻略記事書きました。
共同戦線だがマラーク一人で挑んでみる PART2

10.2(木)
欲しいと思っていたものがある。
でも手に入るはずは無いと諦めてもいる。
それが手に入ってしまったら、どうなるのか。

パニックになりました。

いや、2008年2月発売の「タチコマ 電脳超合金」が今更手に入るとは思ってなくて……

デザインも本格的、アニメーションパターンも豊富、ちゃんと喋る、と文句の付けようが無いです。
実は外付けスピーカーとしても使えるという意外な利便性もまた良い。

もう「初めて家に子犬が来た! 超カワイイ!!」とはしゃいでるような状態。
写真と動画を撮りまくってムービーを作り、ニコニコにUPする始末。
(→【二番煎じだけど】うちにもタチコマ電脳超合金が来た)

完全に馬鹿飼い主化してしまっているこの頃です。

9.29(月)
こういう所に行って来た。


私の中で第何次目かのクトゥルー神話ブームが到来しており、現在は古書店で見つけた
ゲームブック「暗黒教団の陰謀―輝くトラペゾヘドロン―」大瀧啓裕
をちまちま読んでいます。

噂に聞いていたものの……

何しても死ぬ。
タクシーを拾えば死ぬ。
ダゴン秘密教会の地下に入れば死ぬ。
マーシュ精錬所に行けば死ぬ。
悪魔の暗礁に行っても死ぬ。
伝説の海底都市、イハ=ントレイに行っても死ぬ。

こちらの生命点は最大でも27なのに、
「ルルイエの深きものども」の生命点は「五百」、
「ヒュドラ」に至っては生命点「万」とか信じられない一文字が書いてある。

不条理なようですがそもそも深宇宙の恐怖と関わった時点で、死亡フラグが10本以上立ったも同然なのでこれがあるべき展開でしょう。

またこの作品はクトゥルー系定番のパラメータ「正気度」があり、0になると発狂してゲームオーバーです。
でも……一人で正気度を上げ下げしてても何だか寂しいな。
TRPGで卓を囲み「あーもう駄目だ発狂したー」と大騒ぎして愉しんでこその「正気度」かなあ、と思ってしまう。
正気度が低いときだけ起こるイベントとかがあれば楽しかったのに、とも思う。

9.8(月)
私もオタクを始めてから長いが、
その割にロボットアニメの古典・名作を余り見ていないんじゃないか、と考えた。
実際この歳まで「トップをねらえ!」観た事なかったし。

「トップ」の後、何を見るべきか?
友人に相談してみた。

「やっぱり『Z.O.E Dlores.i』じゃないの?」

いきなり「知られざる」名作になっちゃった気がするが……
自宅から片道1時間半のレンタルビデオ屋でしか見つからなかったよ!

でも面白かったです。
詳しい粗筋は公式ページに譲りますが、
そもそも
主人公が中年親父で、
ヒロインが自分を女の子だと思っている巨大ロボット

という設定自体が異色過ぎる。

いや実際「中年親父が主人公のロボット物」ってもっと開拓されていいジャンルだと思う。
(別に親父萌えだけの理由じゃなくて)
普通のロボット物の主人公は思春期の少年少女、
ロボットという「自分を越えた強大な力」に魅了されたり振り回されたりしてしまうお年頃です。
でもこの作品の主人公、ジェイムズは違う。

彼はもう力で全てを解決出来ると信じられる程単純(または純粋)ではありません。
また、家族やら自身のアルコール依存症やら、多面的な要因に振り回されて、
結果的にロボットを「手段」とある程度割り切って考えざるを得ない立場にあります。

そのおかげで、この作品はホームドラマであり逃亡劇でありギミックの凝らされたSFであり
……とてんこもりのテーマを持つ事が出来たのではないかと思ったり。

で、「巨大美少女ロボット」というジャンルももっと開拓されていいと思うんだ。

個人的に思うことなのだが、
大体の女の子は「あたしは世界一かわいいお姫様なのよ!」
と思っていた時期があるのではと思う。
だが大体の女の子は成長して自分がそうではないという事に気付き、
それぞれの自分像を形成していく。
「巨大美少女ロボット」はその成長の過程を見れるジャンルなんじゃないかと。

「巨大美少女ロボット」は「巨大ロボット」である以上、
(一般的には)戦闘用に作られたロボットであり、強大な力を有しています。
力故に「みんなから愛されるカワイイ私」というロボット自身の自己イメージとギャップが生まれ、笑いを誘う訳ですが、
やがて「何故私には望んでもいない力があるのだろう」という葛藤を生み、
そこから「自分にしか出来ない事、自分がするべき事」を模索していく
……というドラマを見れるジャンルだ! と私は勝手に解釈しているのだがどうか。

しかし……こんなニッチなテーマを盛り込みすぎた作品に時代が追いつくのはいつなんだろう……
15年前のアニメージュは「将来的には、高年齢化したオタクの為に中年親父のヒーローが活躍するアニメが作られる」なんて予言記事書いてたのになあ……

9.2(火)
もう夏も終わりですが、手作り扇子キットを使って作ったオリジナル扇子を晒してみる。

その@
「斑鳩」の雑魚、歌鶫プリント。
「世界観が和風だから扇子向きかも」と思って作ってみた。
この丸いのが陰陽みたいで大好き。
オフィシャルで手ぬぐいとか出してくれないかなあ。

そのA
扇子は開くもの。
だんだん開いていって全貌が解る柄、というのも面白いかもというコンセプト。

……オタクアイテムのはずの「その@」の方が使い易いのは何故なんだぜ?

7.5(土)
またFFT熱が再発したので攻略記事を載せました。
共同戦線だがマラーク一人で挑んでみる PART1
知人がPSPを貸してくれたので、一人で二つのPSPを操って共同戦線をしています。
……やっている最中はいいんだけど、客観的に見ると侘し過ぎる光景ですね。

「ツンデレ」という言葉がある。
大まかに言えば好意を持っている相手につんけんした態度を取る、コミュニケーション能力に難があるヒロインの総称だ。
基本的には萌え方面で「猫耳」や「眼鏡」のような、ヒロインのオプションを示す言葉としてしか使われていないこの言葉、
実はもっと広い、もっと重い意味を持たせる事が出来るのではないだろうか、

と思った作品がコレ
「百舌谷さん逆上する」篠房六郎

一口にツンデレと言っても
ジャンルが開拓された現在は多種多様であり、、
精神的に未成熟だからそうした行動を取る者、
自分にも他人にも厳しい者、
立場や事情的にそうした行動を取らざるを得ない者
など様々です。

でもまさか
「ツンデレという病気だから」
というヒロインが来るとは思いませんでした。

この世界でツンデレはれっきとした病気。
好意を持つ相手に暴言・暴力を振るってしまう行為障害とされています。
人に親切心を示されればパニックを起こし、
恋心を自覚したらその対象を力いっぱい殴打して病院送り、
という行動を繰り返すヒロイン・百舌谷さんは孤高の道を歩んでいます。

行動だけ見ているとギャグ漫画のようなのですが、
百舌谷さんの新鮮なところは
「自分がツンデレである事に苦しむヒロインである」点だと思います。

彼女にとってツンデレとは決して逃れ得ない宿業です。
今までの作品だってヒロインが
「なんでアイツの事が好きなのに素直になれないんだろう」
と悩む場面はありました。
しかし百舌谷さんの場合、この問題は一生、それも特定の相手だけではなく自分も含めた全世界に対して続くものです。

どんなに好きな人が出来ても、その相手に必ず暴力を振るってしまう。
それ故に周囲の人間は彼女を忌避したり、興味本位の視線を向けるだけ。
彼女の目に映る世界は絶望と敵意に満ち満ちていますが、
その敵意はそもそもの原因となる自分自身にも均等に向けられています。

自分の行動を巧くコントロール出来ず、
周囲とのコミュニケーションに齟齬が生じた経験が皆無な人は余り居ないでしょう。
実は普遍的な「人とどう接すればいいのか?」というテーマを語るこの作品、
重いテーマにも関わらず、抱腹絶倒の大活躍を続ける百舌谷さんの行く手に光がある事を祈るばかりです。

6.22(日)
人は忘れる生き物であり、
いかに辛い経験でもそれを生々しく覚えている事は稀です。
その経験をはっきり残せたり、読者の胸に経験をはっきり再生出来る文章を書けるのが優れた作家、という事になるのでしょうが、
その点で言えば、受験小説を書いていた当時受験生の山田風太郎は既に優れた作家だったのではないでしょうか。

などと言うのが
「達磨峠の事件 山田風太郎ミステリー傑作選10〈補遺篇>」
の感想です。

この一冊は山田風太郎ミステリー傑作選の最終巻であり、
他の巻に収録されなかった作品、主に初期作品を収録した巻です。

正式なデビュー作である「達磨峠の事件」以前から、
山田風太郎は受験雑誌「受験旬報」(後の『蛍雪時代』)の受験をテーマとする小説賞に作品を投稿していました。
彼の作品は後の作品に比べると前向きな、青春小説的なテーマで描かれているものの、受験生だった時の閉塞感、絶望感がまざまざと蘇ってきて鬱っぽい気分になれます。

自分は何の為に勉強しているんだろう、
現役合格した友人達は新しい道へと進んでいるのに、
自分は同じ場所で足踏みしているような気がする、

時代が変わっても普遍的な悩みに感情移入する一方、
戦中時代の受験生を描く作品「白い船」は当時の青年の理想と苦悩が伝わってきて胸を打ちます。

こんな時代に暢気に受験生をしていて良いのだろうか、と悩む主人公。
彼に対し父は、後の時代を築く為に進学するよう諭す。
一方、彼の友人は日本を支える為、進学を諦め就職する。
動揺する主人公に友人は
「君の分は僕が働く、僕の分を君が闘ってくれるんだ」
と励ますが……

文庫本にして16ページしかない短編にも関わらず、
端役まで丁寧に書き込まれた描写や衝撃的なラストなど
まさに完璧な作品。
更に怖ろしいのはこれを書いた時の風太郎はまだ19歳だという事です。

ところで、これらの発表時期を表にすると

石の下 「受験旬報」昭和15年二月上旬号
鬼面 「受験旬報」昭和15年四月号
三年目 「受験旬報」昭和15年十月号
陀経寺の雪 「受験旬報」昭和16年一月号
「受験旬報」昭和16年三月号
白い船 「受験旬報」昭和16年四月号


後に大作家になったからアレかも知れないけど
身近に居たら「小説書いてないで勉強しろ!」と言ってしまいそうです。
(彼は働きながら浪人生活を送り、合格したのは昭和19年となる)
受験旬報の評者も「この作者の作品は何時でも面白い」とか言ってる場合じゃないだろ!

6.19(木)
二月頃、冬っぽい気分に浸りたくて
冬・雪の場面に流れるゲーム音楽を集めた作業用BGMを作っていましたが、
最近は梅雨っぽい気分に浸る為に
雨の場面で流れるアニメ・ゲーム音楽を集めてニコニコにUPしてたりしました。
集める前は漠然と「暗く静かな曲が多くなるかな」と思っていたのですが、
意外にアップテンポの曲が多いのは新たな発見でした。
人が雨から感じるものは案外暗いイメージだけではなく、
浄化やドラマチックな場面転換という面も強いのかもしれません。

そんな風に画像をUPして毎日様子を見に行ってると
何だか育てゲーでもやっているような気がしてきた。
装備を整えさせて送り出したキャラクターが今日はどんな感じに過ごしたのかな、と様子を見に行っているような感じ。

そういう事を考えるのは今プレイしている無料ネットゲームThe Golden Lore」(ゴールデンロア)のせいかもしれません。

「ゴールデンロア」はファンタジー世界を舞台に冒険するゲームですが、プレイヤーがする事はキャラクター作成(命名、出身地・前職・冒険の方針を決定する)と手に入れた称号やアイテムの装備のみ。
そうして作ったキャラは毎日勝手に冒険に行き、その結果がメールで送られてきます。

そう、ほぼ出来る事は何もないので……「今日はうちのキャラ、生き延びられたのかなあ?」といつも戦々恐々しながらメールチェックです。

彼らの寿命、現在プレイした中では最長で15日(ちなみにリアル世界の一日がゲーム世界の一ヶ月となる)最短は4日
リアル時間では夜店のヒヨコ並み、ゲーム内時間の寿命は、あの「俺の屍を越えてゆけ」(俺屍のキャラ寿命は1年半〜2年)を下回るという凄い事になっています。

このゲームの世界観は「ファンタジー」という以上の情報が無いのですが、ここまで死にまくり、かつそれでも冒険者になる者が絶えない所をみていると、
「指輪物語中盤以降のような、闇の勢力に飲み込まれようとしている黄昏の世界」
なんじゃないかという気がします。
きっと義勇兵的な意味で冒険者になるのが奨励されているのでしょう。
「珍しい茸捜索依頼」みたいな一見のどかな依頼も、きっとその茸がこの世界の戦局を左右する重要アイテムなのではないでしょうか……みたいな妄想をしながら、今日も冒険者の帰りを待つ日々。

余裕があったら毎日冒険をレポートしてみたいけど、余力が出来たら、という事で。

6.9(月)
最寄駅の前にカラオケボックスがある。
と言っても一度も入った事はない。
大手のチェーン店でもないし、外見も派手な所はない。
独自メニューやサービスを行っている様子もない。
でも平日の19〜24時はドリンク半額らしい。
何故そんな事を知っているのかと言えば、

店の窓を開けて、カラオケマイクでサービス内容をがなっていたから。

逆転の発想と言うか、そんな宣伝想像した事もなかったけど……苦情が来なかったか心配。

6.6(金)
近所にもうすぐ閉店してしまう古書店がある。
店に入ったら「ダイアモンドクレバス」が流れていて……
切なさ30%増だった。
物凄くお別れムード。

この所は短編小説を書いていました。
近未来SF「頭山」
春をテーマにした、うららかさやのどかさの無い殺伐SF。

何故そんなものを書き始めたかと言えば、
桜の季節が終る頃、こんな事を考えていたからです。

そろそろ桜が散ってしまうが、今年もちゃんと花見が出来なかった。
行ってみたら大雨だったり……
今週末が最後のチャンスだけど、正直億劫だ。
まあいいか、桜は毎年咲くんだし。

……こんな事でいいのだろうか。
花との出会いは一期一会、
もっと真剣に花と向き合うべきじゃないか。
極端な話、来年になったら
地軸がずれて日本は極地になりました!
もう桜は咲きません!

という可能性だって0ではないんだし。

ふと
「来年以降誰も花見をしなくなったら」
「桜の存在がタブーになってしまったら」

という思いつきをショートショートにでもしてみるか、
という気になった。

で、気が付いたら桜の季節から紫陽花の季節になり、
ショートショートのはずが400字詰め30枚になっていたけど……
短編の範囲内ですよね……?

5.25(日)
うなぎのたれが余っていた為、

「じゃあうなぎっぽい食感のものにかければいいか。
うなぎの蒲焼と言えば表面が香ばしく、中がふわっとしているもの。
つまり、あぶらげに豆腐を詰めて焼けば万事解決だな!
ちょっと寂しいからツナ缶も混ぜておくか」

と悦に入る自分がキモイ今日この頃。

最近読んだ本は
「狂犬は眠らない」ジェイムズ・グレイディ

〜あらすじ〜
精神に異常をきたした5人の諜報員達。
彼らを収容するのは政府の極秘施設だった。
ある日、施設で精神科医の殺害事件が発生。
自分達が容疑者になると判断した5人は施設を脱走。
真犯人を見つけるのが先か、
追っ手に捕まるのが先か、
薬が切れて行動不能になるのが先か、
外面と内面の敵双方に追われる逃亡劇。

「狂犬〜」の主人公は精神に異常をきたした元諜報員達。
タイトルもハードだし、これは無情&バイオレンスな話か……
と思って読み始めたら意外にいい話だった気がする。

愛国心と“責任感の強い良い人”であったばかりに危険な任務に挑み、
過酷な体験で心を病んだ5人。
互いの痛みが解っているから離れず踏み込まず、家族のように暮らす彼ら。

だが彼らのぬるい日常は一人の医師によって動き出した。
医師は彼らの治療を促し、外界に出るよう叱咤する。
そして彼が殺害された事により、5人はいやおう無く外界に出ざるを得なくなる。

これは彼らが新たな自我を勝ち取るための脱出行の物語である、
とするとちょっと固すぎますが、
理に適っている様でピントがずれている彼らの行動は
時に可笑しく、時に物悲しい。

ちょっと切ないけど、意外にも前向きで希望が持てる良い読後感でした。

4.13(日)
最近読んだ小説・漫画を並べてみた。

「楽園の知恵 あるいはヒステリーの歴史」牧野修
「グラン・ヴァカンス 廃園の天使T」飛浩隆
「岡本倫短編集 Flip Flap」

なんだか殺伐とした作品が並んでしまった気がする。
牧野修の怪奇・幻想短編集
(中には演歌と黒魔術の歴史をMIXした『演歌の黙示録』みたいな作品もあるけどw)

飛浩隆の美しい情景描写と逃げ場のない苦痛と罪悪感が織り成すテクノゴシックSF

で、岡本倫は……
前回取り上げたスキージャンプ漫画「ノノノノ」は曲がりなりにもスポーツ漫画ですが、

こちらは
主人公は生贄にされようとする幼馴染を救う為、人間を食べてパワーアップする人喰いロボットに変身する
という話が載っているレベル。
作者の言葉を引用すると
『あの子を怪人から助けるためには、その子を食べてパワーアップするしかない。どっちを取る?』というような選択を延々と続ける感じの展開を考えていました。」
との事です。

……いつもの岡本倫ですね。なんだか安心しました。

そんな凄惨な話に心癒される自分は病んでいるのだろうか、
そもそも、何故凄惨な話を自分は好むのか、という疑問に対する答えになるかも知れない映画を観てきました。

映画「非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎」

この作品は実在の芸術家、ヘンリー・ダーガーの生涯と作品を描くドキュメンタリーです。
と言っても、生前彼を芸術家と知る人物はほとんどいませんでした。
職場と家を往復するだけの生活を何十年も続け、
家族も友達もいない彼を、
周囲はただ孤独で貧しい老人と思っていました。

しかし彼は約60年もの時間をかけ、
1万5千ページ以上の長さを持つ絵物語を延々書き続けていたのです。
それは架空の王国で繰り広げられる、長い長い戦乱の物語。
子供を誘拐し奴隷にする悪の帝国と、それに抵抗する美少女戦士たち。
遊び戯れる子供たち。龍のような架空生物。砲弾の飛び交う血みどろの戦場。
時に牧歌的に、時に凄惨に。
彼は、それら全てを鮮やかな色遣いで描き続けていました。

彼の母親は妹を生んだ時に死に、
妹はいずこかに養子に出され、
唯一の家族であった父とも貧困が原因で引き離されました。
知能障害という誤診を受けた彼は、故郷から遠く離れた施設に送られ、労働を強いられます。
父の死を聞いて施設を脱走、故郷に戻った彼を待っていたのは、他人に無関心な都市の生活だけでした。
彼が物語を書き始めたのは、その頃の事です。

彼の物語には彼の内面が全て反映されているようです。
まだ見ぬ妹(少女)への憧憬、望郷の念、虐げられる苦痛、解放への憧れ。
心の中の苦しみを物語に昇華させながら彼の生活は続きました。

面白いのは、彼自身が作中人物に「なぜ作者のせいで理不尽な試練が続くのか」と疑問を呈させている点です。
彼は作中人物の不幸が自分に起因している事をはっきりと自覚していました。
そうして“自己満足の為の物語”と自覚していたからこそ、物語を他人に読ませようとか、物語を出版社に持ち込もう等と思わなかったのではないでしょうか。
物語はあくまで自分の内面を描く為だけのもの、
それによって名声や富を得ようとは思わない、
というストイックさもダーガーの魅力だと思います。
(あるいは外界に全く絶望していた為、そんな可能性を思いつきもしなかったのかも知れませんが)

長々と書いてしまいましたが、
“心の苦しみを癒す為に、凄惨な物語を必要とする人々も常に一定数存在する”
という事なのかな、と思いました。
彼らは作中人物が苦しんでいるのを単に嗜虐心を持って愉しんでいるだけではなく、
その苦しみと同一化して自虐心、自己犠牲精神、救済への希望も同時に感じている
……等ともやもや考えたり。

私も自己満足文章家の端くれ。
ダーガーを見習って、謙虚な実生活とはっちゃけた妄想生活を送りたいものです。
特にあれだけ書いていて仕事を辞めたりサボったりしていないのが偉すぎる。

3.27(木)
最初、「エルフェンリート」の岡本倫がスポーツ漫画を描いている、
と聞いたときはどうにもピンときませんでした。

あの
「第一話、メインキャラかの様に登場したヒロインをその話の内に惨殺」
なんて事をやってのける岡本倫がスポーツ?

でも読んでみたら案外納得してしまった。
「ノノノノ」岡本倫

主人公が挑むのはスキージャンプ。

しかしスポーツものにつきものの根性やチームワークではなく、
作中で「それ、本当にスポーツ?」と疑問を呈されるように
スキージャンプの危険性がこれでもかという位駄目押しされる。

一歩間違うとただの自由落下になってしまうスポーツに挑むのは、
自分の命よりプライドを取る業の深い登場人物たち。

岡本倫作品はそうじて命の価値が低いというか、
どんな主要キャラクターでも次の瞬間には死にかねない危うさがあります。
一人の例外も無く、常に過酷な運命と選択に晒され続けるキャラクター達。
さすがに本作はまだ死者は出ていないものの、
登場人物に、そしてそれを見つめる読者に選択を突き付ける作風は健在かもしれません。

3.16(日)
「ゲームは、攻略ページを作るまでがゲームです」と少し思っている。
好きなゲームに対するパッションが攻略ページを作るという行動を起こさせるのだ。

という訳で、PS2時代に作って放置していた
「花と太陽と雨と」の攻略・考察ページをUPしてみました。
自己満足だけどいいんです。これもゲームの一部だから。

でも本当に好きなゲームでした。
「花と太陽と雨と」
DS版でどこでもプレイ出来る様になったのは本当に嬉しいです。

参考リンク:DS版公式ページ

3.8(土)
いきなりポエムで申し訳ないが、
私の中でGB版「風来のシレン 月影村の怪物」ってこんな感じのゲームだったな。
弐瓶勉「BLAME!」+SS版「バロック」みたいな感じ。

目が覚めた時、僕は見知らぬ村に居た。
村の外れで行き倒れていた僕を、彼女がずっと看病してくれていたのだ。
記憶がはっきりしない。
ただ、ここではないどこかに行かなければならない、と強く感じる。

旅立とうとする僕を彼女は引きとめた。
この村の外は危険で一杯だ。
多くの魔物が徘徊しているし、常に新たな地形が形成され続けている為、正しい道も解らない。
だから村の人間はもう何十年も村の外に出ていない。

それでも意思を変えない僕に、彼女は一匹の白イタチを渡した。
倒れていた僕が連れていたのだという。
「この子があなたを導いてくれるかも知れません」
僕はイタチともに村を出た。

村の外は確かに危険だった。
怪物によって深手を負った僕は力尽きて倒れた。
意識を失う僕が最期に見たのは、村の方角に向かって駆けていく白イタチの姿だった。

娘は戻ってきた白イタチを見て思った。
今回も村からの脱出路は解らなかったのか、と。
そして次の“僕”を目覚めさせる準備を始めた。

3.5(水)
鳥が空を飛ぶのは生存競争の結果、
外敵の少ない空に逃げたからという話を聞いたことがある。

つまり自由に空を飛んでいるように見える鳥も、
あれで大変なんだよ、みたいな話だったと思うが、
PS2「トリノホシ」をプレイしていると、その話をしみじみ思い出す。

または「優雅に泳ぐ白鳥は水面下では大変なのです!」という例のアレ。

実際、このゲームで空を飛ぶのは意外に大変だ。
プレイヤーが操縦するのはグライダー。
あまり強いエンジンが付いていない為、基本的には風任せ。
うっかり風の強い時間帯に飛ぶと、
あっという間に地面に叩きつけられたり、
着陸ポイントにたどり着けずに滞空し続ける→HPが尽きて死亡。
空を飛ぶのは危険が一杯だ。

かといって一つのポイントに留まり続ける事も出来ない。
一つのポイントで採取出来る食料には限りがあるからだ。

ちなみにこのゲームには満腹度のパラメータがあり、
何をしていても直におなかが減ってしまう。
食べ物にも新鮮さのパラメータがあり、
気を抜いていると腐らせてしまう。
ダメ押しすると、このゲームでは、どの食べ物が安全/危険をあらかじめ判断する事はできない。
危険覚悟で自分で食べるか(幸い、即死するような食べ物は無いみたいだ……多分)
鳥に食べさせた反応から推測するしかない。

全く「何このマゾゲー?」という感じなのに、引き込まれる熱中性とまったり感のあるゲームだ……と思ってしまう私はもうマゾなのでしょうか?

まず、このマゾ要素、もとい多くの障害がそれを乗り越えようという意欲をかき立て、
空を飛ぶというか漂う事でリラックスさせられる。

またこのゲームは基本的にサバイバルがテーマであり、
「魔王を倒す」とか「ヒロインを落とす」といった派手な目的はないのですが、
「あの山を越えると何が在るんだろう」という、行動範囲が広がる喜びがあります。
子供の頃、自転車に乗って遥か遠くを目指したような憧れ。

そんな感じに填まっているゲームなのですが、
ここに思わぬ障害が。
DS「花と太陽と雨と〜終らない楽園〜」3/6発売
DS「バンガイオー魂 BANGAI-O SPIRITS」3/19発売

ここにきて、何を置いても絶対買うゲームが続けざまに発売とは……

2.25(月)
今更「シグルイ」を大人買いして読み耽っているのだが、

「もし『シグルイ』がゲームだったら『クトゥルフの呼び声』みたいな正気度判定のあるゲームなんだろうな」

などと馬鹿な事を考えた。

「クトゥルフ」における「宇宙的恐怖の知識」のポジションに「剣の極意」があって、「剣の極意」に触れるたびに正気を失っていく、という感じで。

正気度 
100〜80:一般人
80〜70:強さの為なら過酷な修行も耐えることが出来る
70〜60:強さの為なら命の危険も顧みなくなる
60〜50:敵を殺害する事にためらいが無くなる
50〜40:目的の障害となる者を殺害する事にためらいが無くなる
40〜30:自分(の流派)を嘲弄した相手を殺害せずにいられなくなる
30〜20:剣技を振るえる機会があれば見境無く振るうようになる
20〜0:間合いに入ったものを見境無く殺害するようになる

MAX:自分の技術の衰えに気付いて精神の平衡を失う

虎眼先生はMAX(NPC扱い)で、他のキャラクターは40〜30位。
しかしこれだと涼之介も正気度が40〜30って事に。
一見もっとも一般人寄りに見えるが、実は結構狂気に近づいていたんだな、等と勝手な事を思う。

2.18(月)
空を飛びたいという願望を持つ人は多いが、
空を飛ぶ少女を見守りたい、という願望を持つ人も案外多いんじゃないか、と思う。

かよわく頼りない少女が力を振り絞り、空高く飛び去っていくのを見送る、
というシチュエーション、
端的に言えばジブリアニメみたいな感じ
(特に「One Your Mark」

どの辺りに魅力を感じるんだろう。
遥か彼方にある、自分ではもう諦めてしまった夢とか理想に向かう者への憧れ、嫉妬、諦観の入り交じった感覚が涙腺を刺激するんだろうか。

今回は、そんな事を考えるきっかけになったものの話。

一つ目は初音ミクの歌うオリジナル曲「ストラトスフィア」(ニコニコ動画)
(と、その続編に当たる「アド・アストラ」

元の歌詞自体“空を飛ぶ少女”を描いているのですが、
上記のニコニコ動画のコメントを見て頂ければ解るように、
成層圏を目指す少女と、彼女を護る者、狙う者たちが繰り広げる空中戦の物語」が無数の通信記録(コメント)によって紡がれています。

ずっと少女と一緒に空を飛び続けたい、でも出来ない。
だから、彼女への応援の言葉を残して墜ちていく。

ストーリー自体は「良く有る話」と片付ける事も出来るかもしれませんが、
“空を飛ぶ少女”へ夢を託す人の多い事と、彼らの想いに胸を突かれます。

(参考リンク:上記二曲が収録された音楽CD「ウタトラ」

二つ目は「マップス・シェアードワールド―翼あるもの―」
名作SF漫画「マップス」(wiki)の世界観を元に、

笹本祐一「迷子の宇宙船艦」では艦隊戦&電脳戦を
中里融司「流星のジュディ」ではサイボーグとリープタイプ(宇宙船の頭脳となるアンドロイド)を
秋津透「ソフティカ・リップ放浪記」はサブキャラクターであるソフティカを
古橋秀之「町から来た先生」は”もしかしたらそうだったかも知れない歴史”を
重馬敬「宙へ往く船」は新たな世代を
新城カズマ「さよなら三角、また来てリープ」はマップス世界の一般人を、

6人の作家、それぞれの視点で描くアンソロジーです。

「マップス」は遥かな大宇宙で、さまざまな異星人、人造生命たちと冒険を繰り広げるSF活劇ですが、
絶大なビジュアルインパクトを持つ「巨大な天使型宇宙船」リープタイプと共に宇宙を駆け巡るという魅力がやっぱり大きいかも知れません。

天駆ける少女と共に、星の海へ

そんな少女への憧れを描いているのは、古橋秀之作品と新城カズマ作品、重馬敬作品ですが、特に印象的なのは重馬敬作品でした。

主人公はマップス本編主人公の弟、ヨシキ。
勇者と呼ばれた兄を引き合いに出されてうんざりする彼に、
“兄の代役をして欲しい”という依頼が。
演じる相手は純地球産のリープタイプ
―― リープタイプを模倣して試験的に造られた少女トゥーラ。
その飛行シミュレートの助けとして、かつての勇者が必要なのだ。
偽りの勇者、偽りの空、偽りのリープタイプ。
ヨシキはトゥーラをいつか“本当の空”へと連れていけるのだろうか……


ヨシキはごく平凡な少年であり、
トゥーラは本編のリープタイプと違って、世間知らずで気弱な少女。
この少女を助け、羽ばたかせる、という本作品は
「マップス」一読者であった我々が少女を救おうとする物語のように思えます。

「マップス」の本編主人公は、天駆ける少女と果てしない銀河へと飛び出していきますが、読者である我々は、それを見送るのみ。
でも見送って、応援するのも悪くない、なんて事も思う。

2.9(土)
最近読んでいる本がノベライズに偏っているような気がする
……のは、ノベライズである事に意識的な作品を続けて読んだせいだろうか?

「げんしけん 拝入蘭人の野望」飯田和敏は特にそんな事を考えさせられる作品だった。

ぱっと見の印象はオリジナルキャラが何人か出てくる、普通のノベライズ。
最初の数ページはカラーで登場人物紹介が描かれている辺り実に“普通”。
“幻のゲームを入手した事から事件に巻き込まれる”という粗筋も、正直それ程目新しいものではありません。

そう思いながら第一章を読んでいると思わぬ危険球に度肝を抜かれる。

……いきなり実在の殺人事件(を模した事件)が題材ですか……

飛ばし過ぎです。

その辺り好き嫌いが分かれてしまいそうです。
個人的には「ありがち」になりそうな設定に対する良い起爆剤になっているとは思うのですが、反面不謹慎過ぎる気もして……複雑な気分。

また、
作中、登場人物たちが「ノベライズってどうなの?」とメタ的な討論を繰り広げる場面があります。

小説からアニメor漫画と、とっつきやすい方のメディアに進出していくべきものが逆流しているんじゃないか?
原作者と違う執筆者が間に入る事はデメリットではないのか?
ノベライズは二次創作とどう違うのか?

等の話題について語り合い、
作中ではそれなりの結論が出ている訳ですが、
これだって通常のノベライズでは決して書き得ない場面、
オタク達の日常を描く「げんしけん」だからギリギリ成立している超展開と言えるでしょう。

そういうはっちゃけ振りが目立ちがちな作品ですが、
斑目が大活躍するちょっと切ない良い話、でもあります。
斑目の片思いが大きくクローズアップされる本作は、
二次元という“決して届かないもの”に対する片思いを捨てられない我々オタクに対する、一つの答えであるようにも思うのです。

ところで
乙一のJOJO第四部ノベライズ「The Book jojo's bizarre adventure 4th another day」にも、漫画のノベライズに対して「同人誌とどこがちがうんだろうな?」という台詞がありますが、やはり書き手側からすればそこが気になるポイントなのでしょうか。
個人的には、同人誌との違いは余り重要では無いんじゃないか、と思うのですが。

じゃあ何が重要なのか?
原作への愛情や拘りがもちろん必要ですが、
執筆者の考える「原作論」が垣間見える所がノベライズの面白さなんじゃないかと思います。

執筆者にとって、原作のどこが一番面白かったのか?
原作をどんな作品と捉えているのか?

そういう「他のファンから見た原作」が見える所が面白いんじゃないかと。
「げんしけん」でも見える通り、オタクは自分の好きな作品について語るのが好きな生物ですからw

でもそれはそれとして、
作品が面白ければ他はどうでもいいかなあ、
と牧野修のノベライズ作品を読んだ時は思う。

今回読んだのは
「バイオハザード アンブレラ・クロニクルズ sideA/B」ですが、
本来は殺伐としている筈のバイオハザード世界を詩的に、退廃とロマン溢れる文章とエピソードで描いており、妙な味があります。
一方、原作をかなり急ぎ足に紹介していてノベライズとしてどうなのかと思う面もあり、一概にお勧めとも言えない難しい作品。
といっても原作は未プレイなので、どこからどこまでが原作準拠なのかは解らないのですが。

でも原作の登場人物は

ヒルが好きです。愛しているとも言えるでしょう。だからこそわなくしはヒルでありヒトであるのです。ヒトとヒルの交換留学を通じて、わなくしはヒルとヒトの大使館にいる外交の外交官なのである

なんて狂った事言わなそうだけど……

2.5(火)
十年位前、私はゲームや映画で雪が降る場面のBGMを集めたカセットテープを作っていました。

何故そんなものを、と訊かれても「冬っぽい気分に浸りたいから」としか言いようが無いのですが、
最近「作業用BGM動画って結構あるよね……改めて作り直してみるか」とムービーにしてニコニコにUPしたり。

そんなものの為に徹夜していたから雪が降ってしまったのだろうか。

1.31(水)
自分の身の上に絶望的な出来事が降りかかるのは勿論嫌だけど、
フィクションで絶望的な気分に浸るのは気持ちいいなあ、

というのが「スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師」の感想。

他人の不幸を愉しんでいる訳ではない。
作中の絶望に今まで自分が味わった絶望を重ねてみてしまう感じ。
自分の辛さ苦しみ憤りを作中人物が共に背負ってくれているような感覚。
癒されました。

血がドバドバ出る映画という先入観があったのですが、
血が流れ始めるのは中盤以降、
主人公が深い悲しみ故に殺人鬼になってから。
明るく美しい音楽をバックに、すぱすぱと刎ねられていく喉。
涙を流せない代わりに他人の血を流しているように感じて切なくなります。

それはそれとして、
作中でスウィーニーが、死体が落下する仕掛けを椅子に施して居る場面が妙に楽しそうで
「男の子ってギミック重視だよね」
としみじみ思う。

1.8(火)
去年の年末、私は二本のゲームを購入し、その内一本からプレイし始めた。

今年の正月、私は余りに過酷なそのゲームの内容から逃避する為、
もう一本のゲームに手を出した。

前者のゲームは「サイレントヒル ゼロ」
後者のゲームは「ノーモア★ヒーローズ」

いや、「サイレントヒル ゼロ」を否定するつもりは無いです。
でも……

素手でゾンビ(みたいなの)と殴りあうなんて、もう生理的に無理だよ!

武器に耐久度があり、高頻度で武器が壊れる(しかも武器の出現数が少ない)為、嫌でも素手で戦うしかないのですが、精神的にかなり来るものがあります。ホラーゲームとしては優れている、という事かもしれません。

どんな敵ともハンドガンで戦えた「サイレントヒル・アーケード」の主人公が羨ましいです。
目の前に居たら掌底当てそう。

で、新たに始めた「ノーモア★ヒーローズ」ですが、

癒された。
いや「癒し」とか清らかなものとは対極にあるはずのゲームなのですが癒された。

このゲームの目的は
全米暗殺者ランキングの1位を目指す、
という実に殺伐としたものです。

しかしゲーム全体に流れているのは、良い意味で緩〜い雰囲気。

人一人を殺す値段(最低で900LB$)より、
バイトで1個ゴミを拾う値段(1個1000LB$)の方が高く、
バイクでうっかり街路樹を薙ぎ倒したり人を轢いたりしても
逮捕されない無法の街での、低所得ボンクラライフ。

大体がこの作品、ボスを含めて真面目な人間は誰一人居ません。
いや、真面目は真面目ですが、
「このゲームはバカゲーである」という前提に真面目に従い、
誰も彼も変な言動しか取りません。

よく考えたらまともな人間は「全米最強の殺人者」なんて目指さないような気がします。

殺人アメコミヒーローや、アフロ女子高生忍者、血染めのバット振り回すコスプレ娘、バイトのたびに”落書きの神”や”ガソリンの神”を持ち出して一席打つバイト依頼人、
そんな住人に囲まれた青い空と蒼い海の街、サンタデストロイで休日を過ごしてみませんか?

この作品はゲームメーカー「グラスホッパー・マニファクチュア」によって作られましたが、同社のPS2作品「花と太陽と雨と」のリゾートに滞在する、というコンセプトと非常に近いものを感じます。

広い街をやたらめったら走り回らなくてはならない所も近いですが……

次回は「サイレントヒル ゼロ」のフォローがもう少し出来る事を祈っています。

1.1(火)
あけましておめでとうございます。
今年の年賀状はこんな感じ

一瞬「MTGの黒って結構ネズミのカード多かったよなあ」
と考えなくも無かったのですが、縁起でもないので止めました。