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奇跡を体験
1.始めに  大病をした人、長い入院生活をした人の多くの人が、その闘病の姿、体験を誰かに話したい、
伝えたいと思うようです。
私も入院していた時にそのように思ったのですが、それは一番つらかった2ヶ月を過ぎ、回復の
見込みが見えてきて、少し心にゆとりが持てるようになってきてからでした。
幸いにも、娘が週2回ほど見舞いに来てくれてその時の様子をメモってくれていたので、
それを頼りに退院後に書き始めてみました。
図書館で「奇跡の人」とか「転生」という、奇跡的な回復を題材とする本も読んでみましたが、
小説としては面白いのですがあまり心に触れてきません。
ヘレン・ケラーさんを描いた「奇跡の人」という映画のように、人に感動してもらえるような
中身とも思えません。
そのうちに、自分が自慢話を書いているような気がしてきて、書くのを中断してしまいました。
退院して4ヶ月程して、インターネットで頚髄損傷の方の全国ネットの掲示板があるのを知り、
その後、次々と頚損者のホームページを読ませて戴き、長い闘病を続けておられる方が如何に
多いか、そして自分が実に奇跡的に恵まれていたことに驚きました。
頚髄損傷においては、完全麻痺と不全麻痺とは決定的な差が有り、残念ながら今の医術でも
切れた神経を繋ぐ事は出来ないそうです。
私は幸いにも不全麻痺でしたが、それでも、冬眠状態の神経を目覚めさせるとか、代わりの
神経を成長させるというのは非常に困難で、骨や肉のように自然に再生するものではないので、
多くの方と同じように苦しみました。
「必ず直るんだ、良くなるんだ。」と自分に言い聞かす一方で、「いくらやっても、少しも
変わらない。」、「もう、手遅れなんだ。」、「切れた神経が繋がるわけが無い、良くなる
なんて空想してもガッカリするだけだ。」と言っている自分に気づき、毎日、毎時、毎分、
葛藤していた当時を思い出します。
私よりも遥かにずっと長い間そのような葛藤を続けておられるそのような方達に、私の事例を
伝え、「人間の無限の可能性」と「夢を見続ける限り希望の中で生きられる」事を伝えたいと
強い使命感を感じ、また書き始めました。
しかし、この体験記を公開するに当たって、また悩みました。
回復不能である事を認め、その現状を受け止めて心の平安を得られ、そのような状況の中で常に
前向きに生きておられる方の心を乱す事になるのを恐れました。
一方、諦めず、辛いけど、常に悩み葛藤しながらも、夢を見つづけることこそ、
「生きている」ことだとの思いもありました。
筑波大の村上教授が「生命の暗号」という本で書かれていますが、人間のおよそ60兆の細胞の
それぞれに、同じ様に書き込まれている約30億の遺伝子情報に、その人の生命の設計がされており、
所詮、人間にはその設計図の枠外の人生はあり得ないのだそうです。
しかし、通常、人間はその遺伝子情報の約5%しか使用していないのだそうです。
遺伝子情報には、生命の起源から始まる全ての情報が書き込まれており、全てが有用な物とは限り
ませんが、「Something Great」の偉大な力を戴き、使っていない遺伝子情報をONにする事により、
環境により、意志により、新たな遺伝子を目覚めさせ、新たな人生を設計出来るのだそうです。
私は、この言葉を直感的に、体験的に信じます。
私は、今回の体験で、人生、目の前に何が起きるか全く予測が出来ない事を知ると共に、夢を見て
頑張っていれば、人知で計り知れない事が起る事を体験しました。
辛く苦しくても、ずっと夢を見つづけると、必ず、何かが変わってきます。
それが、肉体的な変化であれ、精神的変化であれ、後で反省するような事には決してなりません。
公開に際して悩みましたが、この悩みに人間が答えを出すのは恐れ多い事です。
全ては万物創造の主が答えを出されるのだと覚り心の負担が消えました。
病気になったばかりの人、手術前の人、リハビリを始めて間も無い人にとっては、私のような
事例も有る事を知ることが、大きな希望に繋がる場合もあるのではと思い決断しました。
文中で、もしかして他人の気持を傷つけたり、独り善がりの偏見を述べていないか気になりますが、
もし有りましたら、それは私が意図するところではないことをご理解くださいますよう・・・。
私は今、大いなる喜びを持って、「私は奇跡を体験しました」と叫び、神に感謝し、神を
賛美致します。 
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