「奇跡を体験」目次に戻る
奇跡を体験

17.病院のお友達  前の病院では、整形外科と脳外科の患者さんが入院している病棟で、最初の2ヶ月は個室に居た為、 周りの事は何も分からなかったが、その後6人部屋に移り、色々な方とお会いした。 しかし、整形外科の患者さんが多く、1〜3週間程度で退院される方ばかりで、特に親しくなるほどの お付き合いはなかった。 むしろ、長く入院されている他の部屋のおばあさん達に色々と励ましてもらい、お話もした。 いつも看護婦さんに文句を言い、会う人毎に愚痴をこぼす人、リハビリを嫌がり口実をつけて サボろうとする人、何か言うと自殺してやると看護婦を困らせる人、何時もは朗らかで前向き なのに十日ぐらい毎に一日中食事もしないで泣いて塞ぎこむ人、こちらの都合に関係無く長話を 続ける人、全く目を合わそうとも挨拶をしようともしない人・・・。 しかし、一生懸命リハビリを頑張るおばあさんも多かった。 そんな色々なおばあさんが居られたが、不思議と私には色々と声をかけて戴いた。 そしてそのような色々なおばさんの気持が、不思議と良く分かり、決して、批判する気持は 起きなかった。 自分が健康な時は、皆に、「頑張れ、頑張れ」といい、少しでもかったるく見える人には、 「精神力だ」とか、「気力だ」とか、「意志の問題だ」とか言っていたのが馬鹿のように思えた。 皆さん一生懸命なのである。   皆さん、置かれた状況(精神的、肉体的、境遇・・・)の中で必死に頑張っておられるのだが、 望むようにはなかなか進展しない現状を肯定せざるを得ず、苦しんでおられるのである。 健常な時にそれを察する事が出来ないのは何故なのだろうか? ハンデイキャップを持つと、ハンデイキャップを持つ方の気持が良く分かるだけでなく、 ハンデイキャップを持つ方から近づきコンタクトされる事が多くなった。 これは、同病相憐れむと言うような事ではなくて、ハンデイキャップの有る方だけへの神からの 特別の賜りもの、特別の能力なのではないのだろうか・・・? 横浜総合リハビリテーションセンターに転院した時は、部屋の変更等があったばかりで、 4人部屋に一人であったが、まもなく満室となった。 同室の一人は、見かけは健康そうだが言語記憶障害の有る方で、一人は抹消神経の麻痺の方、 もう一人は足が不自由な小学生であった。 お互いに、相手の不自由な所は、良く分かっているので、あまり病気の事は言わず、差し障りの 無い会話が多かったが、相手のことを気使うのが当たり前で、その事に何の努力も要らないのが、 昔の自分に比べて不思議な気がした。 同じ病棟に、頚髄障害の方が二人おられ、いずれも、有名な病院で手術を受けられたが、経過が 思わしくなく、再手術したりで、3年近くなるが車椅子から降りられないと聞き、自分の幸運を 改めて喜ぶ。 横浜総合リハビリセンターに転院して、周囲の色々な患者さんを目の前にして、改めて ハンデイキャップを持つ方の多いことに気がつく。 今までは、気がつかなかったし、見ようとも思わなかったのだろうか・・・。 私より遥かに重傷の方、遥かに長い期間闘病を続けておられる方、私より年寄りで回復の 期待が望めない方、そんな人を毎日たくさん目にするに付け、自分の幸運に感謝する。 あまりにも、順調に回復する自分が、若干羨ましがられているのは分かるが、今は周りを気に しないで、リハビリだけに集中しよう。 私が頑張っていることが、少なからず周りの患者さんの意識を刺激しているのは間違い なさそうであった・・・。
「奇跡を体験」目次に戻る