9羽のシジュウカラ

 10年前のお話です。いつものように室内のカーテンの影からそっとのぞける庭の隅の木にシジュウカラの巣箱を架けていました。ところがあと数日で巣立ちの頃お隣にペンキ屋さんが入ることになりました。「野鳥のために日程をずらして下さい・・・」とお願いに行くべきか? 間に生け垣があるから大丈夫かもしれない・・・とためらっている内に工事が始まりました。そして2日目から親鳥が戻ってこなくなったのです。ヒナたちはお腹が空いてたまらなかったのでしょう。3日目巣穴から伸び出していた子が飛び出しました。次から次へ・・・・・・・・・全部で10羽。なんとまぁ子沢山なこと! 一番元気だった子がサッと飛んだ先に野良猫がいて声もなく・・・・・・・(涙)
 あわててヒナたちを集めました。こうして私は9羽のシジュウカラのおかぁさん、いや親鳥は居たのだからおばぁさんになりました。

 最大の問題は「野鳥の卵や、巣や雛に手を出すときは環境庁の許可が必要。そしてその許可はなかなかもらえない」ということです。まぁ、この場合は緊急避難であって、密猟とは違う。許可申請をしても許可が下りるまでに手続きに出かけている暇は無いだろう、許可が下りる頃にはこの子達は無事に野生に戻っているだろうと、良い方に考える事にしました。(多分もう時効ですよね。)

 インコのヒナを入れていた藁のかごにヒナたちを入れ、大急ぎですり餌を買いに走りました。ミルワームも1パック。ピンセットで餌をやれば親の嘴と感じが似ているから良いのですが万一私の手が滑ってピンセットが開いてしまったら大けがをさせてしまいそう。割り箸の先を削って小さいスプーンを作りました。不器用な私が慌てているのだから何本も失敗しました。そんなに大汗かいたのにヒナたちは餌を突きつけても頑として口を開いてくれません。餓死してしまったらどうしよう。
・・・・・・結論を言えば時間が解決してくれました。彼らがショックから立ち直り、空腹に気が付いた時に自分から大きな口を開いてくれたのです。

 ふだんセキセイインコが居る廊下の一面に新聞紙を敷き詰めました。少し落ち着くとパタパタと羽ばたいて藁かごから出てきて、しきりに網戸越しに外を眺めています。インコなどの飼い鳥はあまり野外に興味を持たないのに、さすが野生!
 疲れると片隅で居眠り。いっちょまえに首を背中に乗せます。このスタイルはかなり安心して熟睡している証拠?

 文字通り「嘴の黄色いひよっこ」の嘴の上の方にはまだ、出っ張りがあります。何かの本でヒナが卵から孵るときこの出っ張りで中から卵の殻をたたく。親鳥はその音を聞いてちょうど同じ場所を外から叩く。この様に息があった行動を「そったく」と言うと読んだ記憶があります。(字は卩偏に卒、と、啄)

うーん、この子達もこれを使っておかぁさんと初仕事をしたんだなぁ

 毎日、何回もヒナたちを鳥かごに入れてベランダに出しました。親鳥が戻ってくればそれが一番良いことです。けれどよほど怖かったのか、事故にあったのか親たちはとうとう来ませんでした。

 餌をやるときも野生を実感しました。飼い鳥と違って自分の位置を動かないのです。私が呼んでもやって来ないで左右の翼をふるわせて鳴き続けています。高いところに止まられたらさぁ大変。私は背伸びをして割り箸をさしのべます。私は飛べないのに・・・
 我が家のインコたちは興味津々です。ヒナたちが鳴くと大急ぎで餌を食べては口移しに与えようとします。けれどインコの食べるのはアワやヒエ。しかも嘴の形が違うので食べさせることはできません。インコはインコ同志のように嘴を十文字に合わせて与えたがるのですが、シジュウカラは大きく空けたヒナの嘴の中に親の嘴がつっこまれないと食べられない・・・それでもインコは何度も挑戦しました。
 慣らしすぎては自然復帰できない、でも可愛い。我慢に我慢を重ねて2時間に1度しか近づかないようにしました。2時間も空腹を我慢できるのだろうか? 心配してそっと覗いてみたら床においた小皿から自分で餌をつつき始める様になりました。そろそろ自立の練習です。

 外へのあこがれも、ますます強くなりました。思い切って網戸を開けてみました。彼らは大喜びで外へ! でもお腹がすくと戻ってきます。・・・そして、少しずつ、少しずつ、外にいる時間が長くなりました。7日目には夕方の餌をもらうと、私に掴まるのを嫌ってそのまま外で夜を過ごす子も出てきました。独立心が芽生えた子が1羽また1羽とふえていきました。そして最後まで残ったおやせさんも夜を外で過ごすようになったのは10日後でした。
 自分の住処(?)を見つけてもまだ餌は私から。毎朝、餌と割り箸を持って外に出る私の回りに彼らは帰ってきました。1,2,3・・・数は足りています。自分で餌を探す練習にあちこちの木の幹にすり餌を塗ってみました。彼らは塗りつけたすり餌が無くなると手当たり次第に木の幹をつついています。アブラムシや蟻を食べるようになりました。それでもまだ自分で見つける餌では不足の日が続きます。それにしてもどうして私が外に出ると分かるのでしょう??? とても不思議でした。

 ある朝のことです。いつものように外に出た私は「おやせさん」がこちらに飛んでくるのを見つけ思わず手を振りました。でも、とたんにUターン。とうとうお別れの日が来たのか。覚悟はしていましたがやっぱり淋しかった。そのまま庭でうろうろしていました。なんだか涙が出てきます。
 そうしたら! 9羽のシジュウカラがやって来たのです!!! 彼らは雨戸が閉まっている間は私が出てこないのを知っていたのでしょう。「開いたかな〜?」と偵察役が決まっていたのでしょう。きっとそうです!

 

 日が経つにつれて彼らが戻ってくる回数が減りました。あのおやせさんが猫にでもやられたのでしょうか、お腹の羽をむしられて逃げてきて臨時に我が家へ入院しましたが、傷も治ってまた外に戻りました。・・・・・・・・・そして、とうとう彼らは庭にやってきても、私の割り箸から餌を食べようとはしなくなり、木に塗りつけたすり餌も食べようとしなくなったのは20日目くらいでした。
そして私といえば、人間は怖いんだと教えるために棒を持って彼らを追い払うという最後の儀式をする勇気もなく、未練たらしくすり餌を水で溶いては腐らせるという繰り返しの日々をいつまでも続けました。

 

 その次の年、今度は戸袋の上に架けた巣箱で子育てをした新しいお父さんは、お腹に傷跡が残ったあの「おやせさん」でした。

 

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