出産と育児−胎内記憶から考えられること−

 

 今、お産が変わりつつある。具体的には今まで施設分娩では当たり前、とされていた母子分離が、徐々にではあるが、早期の母子接触へ方向を変えつつある。

 カンガルーケア1)を読者の方はご存じであろうか。

 カンガルーケアとはコロンビアのボゴダで、1979年に2名の小児科医が極低出生体重児を対象に始めた方法である。この方法により極低出生体重児の生命予後が劇的に改善した。新生児を母親の胸の間に入れて抱っこする、という単純な方法で、その姿がカンガルーの子育てに似ていることからカンガルーケアと命名された。現在では通常の分娩にまで応用が広がりハグとも呼ばれ、母親の分娩に対する充実感も良好である。

ある日、このカンガルーケアをした赤ちゃんに表情があることに気が付いた。一ヶ月検診で赤ちゃんと向かい合うと、こちらを見つめて、中には笑う子が出てきた。カンガルーケアをはじめる前には全く気が付かなかったことである。それに分娩の形式で赤ちゃんの表情がかなり違う。吸引分娩では苦しそうにこちらを睨みつけ、自然に経過を任せた分娩ではとても満足した表情をするのである。生まれてすぐの赤ちゃんの満足した表情というのを、読者の方は想像できるであろうか。赤ちゃんから、目の前に出来事があるのに気が付いていない、ということを教えてもらった。

 

どうしたら新生児を抱っこしてもらえるか

 

ところがしばらくカンガルーケアを続けた後、抱っこを拒否する母親が数人出た。拒否の理由は何かを考えるようになった。

 生まれたときに、母親は子供を自然に抱っこできるものだと思っていた。ところが「疲れた」などの理由で抱っこを拒否する母親が出現した。正直、戸惑った。女性はお産しただけでは母親にはなれないのか?もしかすると、お産は疲れるものだという先入観があり、体からわき出る自然な感覚が分からなくなってしまっているのではないか?赤ちゃんの表情を見ていると、生まれてすぐお母さんに抱っこしてもらいたいはずだ。どうやったら抱っこを嫌がるお母さんを出ないようにするか、思案した。

 そんなとき出会ったのが、赤ちゃんは生まれた瞬間や胎内での出来事を覚えている2)3)という考えだった。当院スタッフに聞いてみたところ、甥や孫に胎内記憶があるという人がわずか10人足らずのスタッフの内2人もいたのである。身近に胎内記憶がある事を知っている人たちがいたのには驚いた。そこで来院したお母さん方にも尋ねてみた。すると比較的簡単に自分の子供に胎内記憶がある、という人が何人もみつかった。

 もし胎内記憶があるとすると、赤ちゃんは胎内で母親や父親の声を聞いて覚えているはずである。両親がその事を理解していると、おなかに向かって話しかけてくれるであろう。そうすれば、生まれる前に胎児と両親は絆ができるはずで、お産直後に抱っこを拒絶することも無くなるのではないか、と考えた。そして両親に妊婦健診で来院したおり、胎児に話しかけてもらうように説得しはじめた。

 しかし、胎児に話しかけることは思ったよりも難しいらしく、母親も父親もおなかに向かって話しかけられない人が続出した。

どうやら生まれたときだけでなく、生まれる前からも意識して努力しないと、赤ちゃんとの関わりを持つのが難しい人もいるようである。それならば、胎内や出産時の出来事を赤ちゃんはしっかりしっかり覚えているという事を理解してもらったら、もっとスムースに胎児に話しかけてくれるのではないか。そう考えて、実際に胎内記憶があるのか調べるアンケート調査を行った。

 

胎内記憶のアンケート調査

 

 結果は驚くべきもので、回答を寄せたほぼ半数の人に胎内記憶、誕生の記憶があった(表1)。ただ、アンケート調査は難航して、当初調査協力をお願いした小児科医、保育園にはことごとく断られ、なんとか伝を頼って集めたのが79件の回答であった。胎内記憶に興味がない人は回答を寄せていない可能性もあり、その点では記憶があるという方向にバイアスがかかっているかもしれない。それにしても、多くの子供達が胎内記憶や誕生の瞬間を覚えている、ということは衝撃であった。もし、それが本当だとすると、我々医療従事者や親が不用意に発した言葉や処置などで赤ちゃんにトラウマをつくっている可能性もあるのではないかと考え、これまでの出産方法の見直しをする必要性を感じた。このアンケートの結果は平成13年9月23日北海道における保団連医療研究集会で発表し、朝日新聞に取り上げられた。 

 

難産の記憶

 

 胎内はなかなか気持ちのいいところのようで、温かかった、もっといたかった、などという子も大勢いる。できれば胎児はいつまでも胎内にいたがるようである。安産と答えた方の子供での生下時記憶は61%にあった。(表2)

 アンケートで7件が自分のお産は難産であったと答えている。その7件とも子供に生下時の記憶があると回答しており、どれもが「落ちる」「冷たい」といったマイナスイメージであった。難産の場合では生下時記憶は平均41%に対して100%と高率にあったことになる。また、胎内記憶も平均53%に対して71%とこちらも高率になっている。難産に多い胎内・生下時記憶は何を意味するのであろうか。

 私の所で生まれた赤ちゃんで、ある時間になると必ず泣き始めた子がいる。そのお母さんは妊娠中から胎児の感じていることが分かったとおっしゃる方で、出産後お子さんに色々話しかけていたそうである。生後一ヶ月経ったところで、いつも泣いている時間が生まれた時間であることに気が付いた。お産は難産で、赤ちゃんをすぐに保育器に入れた経験を思い出した。そこで、お母さんは赤ちゃんに色々尋ねたそうである。「お産が苦しかったのかなあ」「保育器に入ったのが嫌だったのかなあ」などと話しかけているうちに、生後2時間で母乳をあげていなかったために私がスタッフを怒ったこと(私には記憶がないのであるが)に話が及んだところで、赤ちゃんの表情が和らいだそうである。お母さんには「それだよ」という赤ちゃんからのメッセージに思えたらしい。それ以降、赤ちゃんは泣かなくなった、というのである。

 過去に起こった出来事でトラウマが形成されている場合、退行催眠でその出来事に本人が気が付いたとたんに症状が改善されることが知られている。この赤ちゃんのエピソードから考えると、子供の過去の嫌な出来事に母親が気付くと、その悪い感情は解消するらしい。すなわち、胎内・分娩の記憶は過去の忌まわしいと思えるようなでき事を解消するためにあるのではないか、と思えるのである。難産の記憶の率が安産よりもはるかに多い、と言うことは、それだけ難産の子供が母親にその出来事を知って共感して欲しい、という事を訴えていることではないのか。そうだとすると、その記憶が出てきたときには、一緒に共感してあげる、という姿勢があれば、自然にトラウマとならずに解消されるのではないか、と思えるのである。一方胎内で気持ちよかった場合の記憶もたくさんある。嬉しかったことを両親に伝え、育児を手助けしてくれているのであろうか。この点はまだ考察ができていない。

 

母親を思いやっている子供

 

 「どうしておなかの中であまり動かなかったのかなあ」と母親が聞いたところ、「ママが痛いっていったから、かわいそうだったから動かなかったの」と言った子供がいる。妊娠した頃、母親は手のかかる上のお子さんの世話と、体を思いやってくれない夫との両方で、妊娠を望んではいたものの、妊娠そのものを受け入れることができずにいたそうである。妊娠7ヶ月であまりにも胎動が激しいため、おなかを叩いて「あまり動かないでよ」と叫びその後急に動かなくなったことを、子供から言われて突然思い出した。

 このことから、子供は胎内にいるときから母親の望むように行動する事があるらしい事が推定される。一般に子供は母親の様子をみて、母親の喜ぶようなことを選んで行動している。どうやら胎内でも同じことが起きているらしいのである。そう考えると、胎児に向かってあまり変なことを言わない方がいい、という事に気が付くであろう。むしろ妊娠中に胎児に向かって、「あなたは望まれて妊娠してきた子供だよ」というメッセージを、多くの方は赤ちゃんに伝えてあげたいと思うようになるのではないだろうか。

 

孤独を感じる子供

 

「ひとりぼっちで寂しかった」「暗かった」「早くでたかった」。こう言った子供がいる。母親はアンケートに安産と書いていた。経験的には難産などの子供に多い内容であったので、直接母親に聞いてみた。すると「産科医が安産と言ったので安産と書きました。自分では難産だったと思う。」という返事であった。この母親は妊娠したことに喜べず、父親は一度もおなかに話しかけてくれなかったとのこと。妊娠中母親自身も胎児に話しかけは一度もせず、夫との確執、引っ越しが重なり、さらに引っ越し先の近所での工事音による不眠などでいらいらしていたそうである。

 この事例から考えられることは、胎児は母親から意識してもらえないと辛い気持ちになるらしい。ほとんどの子供はもっと長くおなかにいたかった、と思うのにもかかわらずこの赤ちゃんは「早くでたかった」と思っていた。これは胎児がかなりのストレスに曝されている事を示唆する。妊娠中から胎児に「あなたは一人ぽっちじゃないよ」というメッセージを伝えてあげたくなるエピソードである。

 これを拡大して解釈すると、一個人としての子供の存在そのものを認めない「しかと」が子供にとってはかなり辛いいじめではないか、と容易に想像できる。

 

意識しておなかを蹴る胎児

 

 新聞に掲載された私の胎内記憶の記事を知って連絡をしてきた30歳の男性の話。25歳頃に急によみがえった記憶で、以下のような内容であった。

 

始めは母親が誰かと話をしている時に無意識で蹴っていた。

外から話声が聞こえてくると、蹴っていた。

胎内でお腹をけっているのに母親が気づき、母親が軽くお腹をたたいた。

それに反応してお腹の中から蹴りかえした。

その最初の反応は自分でも恐ろしいほどに覚えている。

 

こういった内容で、胎動は胎児が意識的に行っている可能性が示唆される。

胎児に話しかけると、返事を返すような胎動がある場合がある。胎児は外界を意識して動いているのか興味があった時期に、この男性の記憶に出会った。この例からは胎児は目的無く動いているわけではなく、外界の音に反応して意識的に蹴る動作をしている可能性がある事がわかる。しかも母親と他の人の話し声を区別しているらしいのである。もし意識的な動きができるのだとしたら、この方法を使うことによってのコミュニケーションが可能な場合もあるであろうと考えている。

 

生まれてすぐの抱っこ

 

 こうした胎内記憶を妊婦健診で積極的に話し始めた。出産前に胎児を意識してもらうことによって、抱っこを拒否する母親はいなくなった。しかし、抱っこされるだけでは赤ちゃんの表情が和らがない子がいることに気が付いた。そういった子はご両親の話しかけを待っているようなのである。多くの方は抱っこすると自然に赤ちゃんに話しかけることができるのであるが、一部には無言で、単に抱っこしているだけで愛撫もしない母親がいる。すると赤ちゃんの硬い表情がなかなか和らがないのである。ところがご両親が声をかけ始め、さらに愛撫をしはじめると、声を出して反応したり、安心した表情をするのである。

 これらのことから、生まれた後の抱擁、愛撫、さらに話しかけは、新生児の安心感に役立っている、と思えるようになってきた。触る、さする、という行為がストレス時に上昇するコーチゾールやエピネフリンレベルを下げる事が知られている。これを利用して、マッサージやリフレクソロジーなどの手技が行われている。胎児は陣痛のストレスを乗り切るため、副腎皮質からコーチゾールなどを多量に分泌している。従って内分泌的には過度のストレス状態になり生まれてくると考えられる。この新生児の分娩時ストレスを愛撫などの皮膚刺激や両親の聞き慣れた声を聞くことで緩和できると思われる。ところがストレス状態にある新生児を生直後母親から引き離し、すぐに体重測定、各種計測を優先して行った場合、どうであろうか。そう考えると、今まで我々が当然のように行っていた産後処置、というものを見直す必要があると考えるに至った。

 もちろん赤ちゃんの表情や感情という数値化しにくい現象のため、客観的な科学的なデーターとしての評価は難しいが、両親や助産師や育児にかかわる周囲の人々の感性を磨くことがその後の育児に役に立つ、と信じている。

 

 最後に、自立した子供にするための第一歩は、子供に安心感と信頼を持ってもらうことである。人生で苦難を乗り越えて成長した人の周囲には最低でもひとり、無条件の愛で受け入れ、自負心をはぐくみ、進んで援助を求める心を育て、希望を持たせる人間がいた4)との報告もある。両親がそうした赤ちゃんを支える一人になるべきであろう。そのために、従来言われてきた胎教による胎児の脳の成長を促し頭のいい子にするという考えは、物事の一面しかみていないように思える。胎児への教育がそれほど必要なのではなく、生まれてきた赤ちゃんを育てるために親が成長する、まさにその成長のために胎教が必要なのではないかと思えるのである。

 

果たして胎内記憶があるのかどうか、恐らくまだ長い間結論は出ないであろう。しかし、もし胎内記憶があった場合、その対応をしておかなければ取り返しの付かない事態が生じないとも限らない。色々な子供の引き起こす社会問題や子供への虐待などの問題を考えると、結論が出るまで待っていることはできない状況になりつつあると考えている。こうした状況を改善するために、胎内・分娩時の記憶は有用な道具の一つになるであろう。

胎内記憶の実例をまとめた本5)も参考になれば幸いである。

 

表1 胎内と生下時の赤ちゃんの記憶保有率

記憶

あり

なし

無回答

胎内

42(53.2%)

29(36.7%)

8(10.1%)

79

生下時

32(40.5%)

36(45.6%)

11(13.9%)

79

 

表2 分娩様式による記憶保有数

 

正常分娩

安産

難産

陣痛促進剤使用

帝王切開

全体

79

53

28

7

15

5

胎内記憶あり

42(53.2%)

28(52.8%)

17(60.7%)

5(71.4%)

10(66.7%)

1(20.0%)

生下時記憶あり

32(40.5%)

21(39.6%)

17(60.7%)

7(100%)

5(33/3%)

1(20.0%)

安産・難産は母親自身の判断での分類

 

文献

1.堀内勁、飯田ゆみ子、橋本洋子:カンガルーケア メディカ出版 1999

2.飯田史彦:生きがいの創造 PHP文庫 1996

3.デーヴィッド・チェンバレン 片山陽子訳:誕生を記憶する子供たち  春秋社 1991

4.ジョン・J・レイティ 堀千恵子訳:脳のはたらきのすべてがわかる本 382頁  角川書店、2002

5.池川明:おぼえているよ。ママのおなかにいたときのこと リヨン社 2002