5月29・30日と6月6日に正午茶事を実施いたしました。
秀山園に この春「昴亭」と命名した東屋が出来ましたが 今回はじめて その昴亭を寄付に使う事を試みました。
昴亭は 昨年6月京都の桂離宮を見学に行った折り以来 東屋が欲しいと望んでおりましたが、この度 桂離宮の様な 月を見る席というよりも多目的な空間として造られました。
大きな茶会での 手荷物預かり所だったり お茶事の際には寄付や 立礼席にも使用出来るよう 計画をしてみました。
自宅で使っている 簡易囲炉裏を持ち込み 釜を懸けて 気候も良い頃でしたので 紫蘇香煎をお出ししてみました。
事前にお盆とお茶碗、香煎、柄杓、蓋置等々は置いておいて 半東さんにご接待役をお願いしました。
近頃 懐石をゆったりと広間で召し上がっていただく流れとなっておりますが 今回も 風炉の正午茶事ですので 迎付後早々に広間にて懐石 続いて炭点前、お菓子という順で進行いたしました。
初日は日頃持ち回りでお茶事をする男性グループ。お酒もよく進み楽しい方々ばかりなので 亭主もお相伴。
亭主相伴もこのグループでは 徐々に恒例となっておりますが。 またお酒が好きな方々ばかりなので 八寸をやめて 本格的に飲める様 後段とするのも恒例。
二日目・三回目は席中での話しの盛り上がりを水屋で聞きながらのお相伴。
こちらは しっかり八寸も行いました。
八寸の海の物が 稚鮎の一夜干しを炙った物だったのですが とても好評でした。背中を開いて 内蔵を出して 干した物を炭で炙った物です。香ばしくて・・・。何度も食べられ 亭主冥利でした。
主菓子は とらや製の「あじさい」。水をイメージしたキラキラとした「きんぎょく」?「かんてん」?が涼と清々しさを感じさせます。
今回のテーマは深山から湧き出る水に涼を感じていただきたく「山」と「川」としました。
寄付には 好々斎画賛 「山々の高嶺 々をめぐり来て 富士の裾野にかかる白雲」。 富士山の高さを表した内容ですが 雲から雨が降り 地層に浸みて 清らかな水を生む と表したつもり。
初座の床は 同じく好々斎一行 「山呼万歳聲」。書院には 光悦作 国宝船橋蒔絵を平安堂が写した物。「東路(あづまぢ)の佐野の船橋かけてのみ 思ひ渡るを知る人のなき」『後撰和歌集』の源等(みなもとのひとし)の歌。訳は「東国佐野に長い舟橋(舟と舟に架かる橋)が架かっているように、あなたをずっと想い続けているのにちっとも気づいて下さらない」 だそうで 恋いの歌ですが 気持ちはお客様に対してと考えて。これからもご交誼よろしく と言う具合でしょうか。
濃茶は聴辰庵にて。
お客様が腰掛け待合いに到着後 版木を打ち鳴らして亭主へ知らせていただきました。
蹲踞の水を換えて 迎え付けです。
床には直斎作 銘「渓雲(たにのくも)」。本体裏側に朱漆で歌銘が書かれているのですが 残念ながら判読が出来ません。茶杓は 衣替えが近いこの時期を考えて 「青簾(あおすだれ)」。
お酒の後ですので タップリと濃茶を練りました。
平成22年 皐月茶事 会記
寄 付(昴 亭)
床 好々斎富士画賛
囲炉裏に鉄瓶を懸けて
汲出碗 京焼
莨盆 紫檀四方
火入 赤膚
本 席(初座 北辰軒)
床 好々斎筆 一行 山呼萬歳聲
書院 光悦船橋蒔絵写 平安堂造
香合 一啜斎好 松一文字 土佐光貞筆松の図
炭斗 唐物 平
羽根 白鵬
鐶
釜敷 籐組
火箸 鐵
中立(聴辰庵外腰掛け)
莨盆 桑手付
火入 織部
後 座(聴辰庵)
花入 直斎作 銘 渓雲
花 笹百合 突き抜きニンドウ 河原撫子(22・23日)
紫陽花 鉄線 虎の尾 (6日)
釜 雲龍釜 如春庵旧蔵
風炉 古芦屋六角舟地紋 浄汲極
水指 木地釣瓶
茶入 志戸呂
袋 蜀紅錦
茶碗 左入黒 銘常磐 淡々斎箱
茶杓 直斎作 銘 青簾 共筒
蓋置 青竹
建水 木地曲
御茶 巌の昔 不徹斎好 柳桜園詰
菓子 あじさい とらや製
器 縁高重 萬象造
薄 茶 席(北辰軒)
床 大観筆 富士
釜 瓢箪 道也造
風炉 鐵四方
水指 虫明 四方口 愈好斎箱
先 愈好斎好水透 小兵衛造
棚 烏帽子 有隣斎在判 小兵衛造
茶器 時代アヤメ蒔絵茶器
替 七官青磁
茶碗 御本半使茶碗 即中斎極 銘祥雲
替 赤 愈好斎 銘 閑友 旦入造
茶杓 好々斎作 銘 五月雨 共筒
蓋置 大樋 三鈴 九代長左右衛門造
建水 桑木地内朱
御茶 路の白 柳桜園詰
菓子 黒大奴 麩焼煎餅
器 松の木盆 以心斎在判